中央会監査制度・農業協同組合監査士とは

■農業協同組合中央会監査制度とは

農業協同組合法第73条の22、同第37条の2の規定等に基づく監査で、昭和29年の農業協同組合法改正による農業協同組合中央会設立以来、実施しています。その監査は、国家資格である「農業協同組合監査士」を中心として実施しており、公認会計士等も従事しています。
中央会は個々の農業協同組合から独立した別法人であり、中央会監査は外部監査に分類することができますが、財務諸表等証明監査だけでなく、指導監査(業務運営監査)も実施しています。 また、中央会監査制度は、協同組合運動の盛んな諸国にしばしば見られる制度であり、日本の中央会監査制度もドイツの制度に学んだものです。

■農業協同組合監査士とは

農業協同組合監査士とは、農業協同組合法第73条の38により定められた資格で、中央会が組合の監査を実施するために置かなければならないとされています。
農業協同組合監査士は、5科目の学科試験(監査論・会計学・簿記・農協制度(農協法・農業協同組合論)・関係法(法人税法・民法))に合格し、1年間の監査実務経験に加えて、所定の講習や論文試験、2年間の組合指導等の実務経験の条件を満たした後に選任されます。
農業協同組合監査士は、農協界において農協会計・農協法の専門家として認知されており、広く社会で活躍しています。

■中央会監査の歴史

<年号> <主な出来事> <中央会監査制度>
黎明期
明治 14(1881)年 松方正義のデフレ政策で多くの中小農家没落
明治 33(1900)年 産業組合法制定
明治 38(1905)年 大日本産業組合中央会設立
明治 41(1908)年 第4回産業組合大会
「産業組合連絡機関の設置と組合への監査の実施」を決議
明治 43(1910)年 大日本産業組合中央会を改組し、産業組合中央会として発足
大正 3(1914)年 第一次世界大戦
大正 9(1920)年 第15回産組中央会支会役員協議会
「産業組合における検査機関の組織に関し特別調査委員会設置」を決議
揺籃期(大正13年~)
大正 13(1924)年 産業組合中央会に監査部設置
昭和 2(1927)年 計理士制度発足(公認会計士の前身)
成長期(昭和7年~)
昭和 14(1939)年 産業組合監査連合会設立 (産業組合監査員設置)
昭和 18(1943)年 農業団体監査連合会に改組
昭和 20(1945)年 第二次世界大戦終戦 占領軍「農地制度の改革に関する覚書」 いわゆる「農民解放令」発令
昭和 22(1947)年 農業協同組合法公布 農業協同組合監査連合会に改組
停滞期(昭和23年~)
昭和 23(1948)年 公認会計士制度発足 全国指導農業協同組合連合会設立
昭和 24(1949)年 デフレ政策で日本経済不景気に突入 農協の経営が悪化
昭和 26(1951)年 農林漁業協同組合再建整備法制定
昭和 28(1953)年 農林漁業組合連合会整備促進法制定
再興期(昭和29年~)
昭和 29(1954)年 全国農業協同組合中央会設立 (農業協同組合監査士制度発足)
昭和 36(1961)年 農業基本法制定
変革期(平成元年~)
平成 元(1989)年 農水省通達に基づく農協中央会の決算監査導入
平成 8(1996)年 農協法に基づく農協中央会の決算監査導入
平成 14(2002)年 ペイオフ解禁 JA全国監査機構発足(全中・都道府県中央会の監査事業を統合)
平成 22(2010)年 広域審査体制・連合会監査専門チーム発足
平成 23(2011)年 東日本大震災
平成 25(2013)年 品質管理課発足
揺籃期:大正13年~
産業組合法制定以後、徐々に産業組合の設立がすすみました。しかし、組合が小規模なために監事に多くを望み難いこと、行政の検査・監督に依存しているといった課題があったため、大正13年7月に、協同組合の先進国ドイツにその範を取り、産業組合中央会に監査部が設置されました。 この産業組合中央会による外部監査の実施は、株式会社の法定外部監査制度が第二次大戦後導入されたのと比べても極めて先進的なものです。 ただし、当初は全国1万以上の組合のうち、年間わずか200組合程度を監査するという状況にとどまっていました。
成長期:昭和7年~
昭和の初めに始まった「昭和恐慌」による農村の疲弊が社会問題化するなかで、政府は昭和7年から農山漁村経済更生運動を展開します。産業組合はこの運動の実践の中心を担い、飛躍的な発展を遂げることとなりました。 一方で、これら増加した組合の経営管理が問題となり、監査機能強化の必要性が再び強く認識されるようになります。このため、昭和13年3月に産業組合自治監査法が成立、昭和14年に産業組合監査連合会が設立され、監査事業の強化が図られます。また、この時農業協同組合監査士の前身に当たる産業組合監査員を設置することも法律に定められました。 この後、団体再編により、農業団体監査連合会、農業協同組合監査連合会と名称が変わりますが、年間およそ800~1,000組合を監査する体制が整えられました。
停滞期:昭和23年~
GHQ(連合国総司令部)による戦後の団体民主化政策のなかで、産業組合の後身の農業会はいったん解体され、農業協同組合の設立が進められます。この過程で、監査連合会への加入が進まず、また、政策変更の中で組合の自主性を尊重する方針を取ったことから、昭和24年5月に農業協同組合自治監査法は廃止され、農業協同組合監査連合会は解散しました。 この後、監査事業は全国指導農業協同組合連合会(全指連)に引き継がれますが、法律上の裏付けがなく、その監査事業は極めて低調なものとなります。
再興期:昭和29年~
戦後発足したばかりの農協は、政府のインフレ抑制政策(ドッジ・ライン)で生じたデフレ不況によりたちまち経営困難に陥り、農林漁業協同組合再建整備法に基づいて政府の援助を受けて経営再建をすすめることになります。 この様な中で、強力な指導組織の確立が要請され、昭和29年農協法の改正により、農業協同組合中央会が設立され、監査事業の実施が法律に定められます。現在の農協中央会監査制度のはじまりです。農業協同組合監査士もこの時法律で定められます。 この後、都道府県中央会は単位農協、全中は連合会、という分担で監査事業が進められます。監査体制は当初は弱体でしたが、次第に整備が進み、年間に全体の30%程度の組合の監査を実施するようになります。
変革期:平成元年~
これまでの中央会監査は、会計監査を中心としながらも、指導監査であり、監事監査機能の補完的な側面を強く持っていましたが、平成元年には農林水産省経済局長通達により、信用事業を行う組合の決算証明監査を開始します。さらに、平成8年には農協法改正により法律に基づく財務諸表等証明監査を実施することとなる等、中央会監査の公共性は高まり、またその性質を大きく変えることになります。 こうしたなか、中央会監査の体制強化・質的向上を図るために、平成14年にはJA全国監査機構を設立し、都道府県中央会と全中の監査事業を統合し、総合JAについては全JAを毎年監査する体制を整えるに至ります。

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