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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

貿易戦争 開幕

[May/vol.167]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 トランプ大統領の相次ぐ追加関税の発動の動きに対し、各国は対応に追われている。すぐさま報復措置を講じたのは中国である。トランプ大統領は中国からの輸入品に対し2月4日から10%の追加関税を課し、3月4日にはその税率を20%に引き上げたが、これに対し中国は、第1弾として2月10日からアメリカ産の液化天然ガスや石炭に15%等の関税を課し、さらに第2弾として3月10日からアメリカ産の鶏肉や小麦、トウモロコシ等に15%、大豆や豚肉、牛肉、乳製品等に10%の追加関税を課した。

 トランプ大統領の「アメリカの51番目の州になるべき」との発言に反発を強めているカナダも、報復措置に動いた。3月4日からカナダおよびメキシコからの輸入品に課された25%等の追加関税¹に対し、カナダは第1弾として、同日よりアメリカ産の食肉や乳製品、オレンジジュース、酒類、電化製品等に対し25%の追加関税を課した。なお、メキシコは本号執筆時点(3月下旬)では具体的な報復措置を講じていない。

 3月12日からアメリカが発動した鉄鋼・アルミニウムへの25%の追加関税に対しては、現時点でEUとカナダが報復措置を公表している。EUは、4月中旬より報復措置を発動する方針を明らかにしており、アメリカ産農産物への関税引き上げも検討対象に含まれている模様である。

 トランプ大統領は、貿易相手国と同水準の関税を課す「相互関税」や自動車等に関する分野別関税を4月2日、あるいはその前後に導入する意向を示しており、自身のSNSでは「4月2日はアメリカにとって解放の日である」と述べている。本号が公開される頃には、アメリカと各国との対立が一層深まっている可能性が高く、今後の世界貿易に大きな影響を与えることが懸念される。

 既に一部が対象となっている通り、農産物は各国からの報復措置の標的になりやすく、アメリカの農業界には不安が広がっている。メキシコやカナダ、中国はアメリカの農産物輸出先として上位3か国に位置しており、これらの市場で競争力を失えばアメリカの農業生産に深刻な影響を及ぼしかねない。ただし、アメリカの農業団体は報復措置の影響等に懸念を示しつつも、現時点では慎重な言葉選びが目立つ。トランプ大統領を敵に回すことは避けたい、というのが本音だろう。

 トランプ大統領は3月初旬にSNSにおいて、アメリカの農業者に向けて「アメリカ国内で販売するための農産物をたくさん生産し始める準備をしましょう。4月2日から外国産品に関税がかかります。楽しんでください!」と投稿した。しかし、農業者にとって「楽しめる」状況とは言い難いのが実情である。

 相互関税や分野別関税の詳細は現時点では不明であるが、アメリカ政府高官は各国と個別で交渉に応じる可能性を示唆している。マルコ・ルビオ国務長官は3月中旬に放送されたテレビ番組において、トランプ大統領の計画を擁護しつつ、「公平性と互恵性を基準に、世界中の国々と2国間交渉を行い、双方にとって理にかなった新たな貿易体制を構築していく可能性がある」と述べた。また、スコット・ベッセント財務長官もインタビューの中で、「各国は、自国の関税率を引き下げる交渉を行い、非関税障壁を削減することに同意することで、アメリカの高い関税を回避する選択肢が与えられる」と語っている。こうした動きが日米貿易交渉の第2弾等に繋がっていくのかどうか、今後もトランプ政権の動向を注視する必要がある。

1 3月6日、トランプ大統領はメキシコおよびカナダからの輸入品に対する25%等の追加関税について、アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の原産地規則を満たす産品を除外し、両国から輸入されるカリウムに対する関税率を10%に引き下げる大統領令に署名したが、この措置は4月2日までの一時的な措置とされている。


アメリカの農産物の国・地域別の輸出金額の推移
(アメリカ農務省 Agricultural Outlook Forum 2025公表資料より)
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