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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

自由の国における「学問の自由」の行方

[July/vol.169]
田代誠吾(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 アメリカは、建国以来「自由の国」として、言論・信仰・学問の自由を重視してきた。中でも学問の自由は、世界中から優秀な人材と知識を集め、イノベーションの源泉としてアメリカのみならず世界の科学技術と経済発展を支えてきた。前任からバトンを引き継いだ筆者が、「自由の国アメリカ」に降り立って、各種の報道に触れる中で特に驚いたのは、そんな「学問の自由」の危機である。
 本年1月に発足した第2次トランプ政権は、この学問の自由と大学の自治に対し、前例のない形で強く介入し始めた。特に標的となったのが、名門・ハーバード大学である。政権による制裁措置は、反イスラエル的とされる抗議活動、外国人学生の増加、政治的バイアスを理由として正当化されたが、その根底には、大学のリベラル色やグローバル性に対する保守的反発があったと考えられている。
 本号では、トランプ政権によるハーバード大学への制裁の経過とその背後にある政治的意図を紹介したい。なお、トランプ関税と同様に本問題も日々情報が更新されるため、執筆時点(5月下旬)での紹介にとどまることをご容赦いただきたい。

1. 制裁の発端と政権の問題意識

 トランプ政権は、大学キャンパスにおける反イスラエル的抗議や、左派的な政治的空気を問題視した。昨年末以降、保守系メディアや政府高官は、ハーバード大学を「アメリカの価値観に反する思想の温床」と位置づけるようになり、教育省・国土安全保障省・司法省が連携して調査と措置を進めた。
 その中心的な論点の一つが、外国人学生の多さである。トランプ政権は、ハーバード大学を含む一部のエリート校において「アメリカ人学生の枠が減らされている」と主張し、5月28日には、ハーバード大学の留学生比率を15%以内に抑えるべきだとする方針を打ち出した。
 なお、一説には、トランプ大統領の末息子のバロン氏がハーバード大学に不合格となったことへの報復とするものもあるが、メラニア夫人により明確に否定されている。

2. ハーバード大学の実態と政権の対応

 実際、ハーバード大学によれば、全学生のうち約27%が留学生であり、主に中国、インド、韓国、ヨーロッパ諸国から来ている。彼らの中にはもちろん日本人も含まれており、研究・教育の最前線を支えている。
 これに対し、トランプ政権は以下の制裁措置を実施した。

・助成金等の打ち切り:
 トランプ政権は、ハーバード大学とその関連団体に対する約90億ドルの連邦政府助成金・契約の見直しを3月に発表して以降、その打ち切り等を進めている。トランプ大統領は自身のSNSで「非常に反ユダヤ主義的なハーバード大学から30億ドル(約4300億円)の助成金を取り上げ、全米の職業訓練校に配ることを検討している」と述べているほか、推定年間1億ドルの政府契約を停止し、多様性・公平性に関するプログラムを終了しない限り解除しないと通告した。

・国際学生受け入れの停止:
 アメリカの国土安全保障省は5月22日、「ハーバード大学の『学生・交流訪問者プログラム(SEVP)』の認定を取り消すようノーム長官が指示。外国人の学生は新たにハーバード大学に留学できず、在学中の外国人の学生は、ほかの大学に転出しなければアメリカでの滞在資格を失う」との声明を出した。こうした動きは広がりをみせ、政権は5月27日、アメリカの大学への留学を希望する人たちへのビザ発給審査のための面接の新規受け付けを一時停止するよう指示した。

・税制優遇措置の再検討:
 このほか、トランプ大統領は5月2日に「ハーバード大学の非課税資格を停止する。彼らにはそれがふさわしい」と投稿し、大学が非課税資格を取り消され、政治団体として課税される可能性に言及した。

3. 大学側の反応と法的対抗

 これらの措置に対し、ハーバード大学は「学問の自由と大学の自治を侵害する政治的圧力」として、連邦地方裁判所に提訴し、政権の方針に明確に反対する姿勢を打ち出した。
 一方、連邦地裁は一部制裁の一時差し止めを命じたが、法廷闘争は続いている。

4. 国際的・社会的影響

 一連の措置は、アメリカの高等教育に対する信頼に深刻な影響を及ぼしており、一部の学生は留学先を他国に変更する傾向も見られるほか、日本をはじめとした諸外国では、影響を受けるハーバード大学留学生の受け入れを進めている。

 トランプ政権によるハーバード大学等への制裁は、大学の国際性と自由を制限しようとする政治的動きとして、多くの波紋を呼んでいる。この事例は、学問の自由と政治的権力との力関係を改めて浮き彫りにしており、アメリカが今後も「自由の国」としての理念を維持し続けるのか、それとも政治的統制が大学にも及ぶ社会へと変質していくのか、その岐路に立っているのではないか。

(自由の女神像 出典:自由の女神像-エリス島財団HP https://www.statueofliberty.org/statue-of-liberty/overview-history/
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