穀物価格や輸出競争力は日々のニュースで取り上げられるが、その背後にある肥料については、普段あまり意識されることがない。農業にとって不可欠なものでありながら、その存在はどこか前提として扱われている。しかし、ひとたび国際情勢が揺らぐと、その「前提」がいかに脆いものであるかが浮き彫りになる。
とりわけ足元では、中東地域をめぐる緊張の高まりがエネルギー市場の不確実性を強めている。こうした動きは一見すると石油やガスの問題にとどまるように見えるが、実際にはその影響は肥料市場にも及ぶ。このことは、世界銀行の定期レポート(Commodity Markets Outlook)でも、肥料価格はエネルギー価格と強く連動しており、その変動は食料価格へと波及する構造にある旨が指摘されている。肥料は、エネルギーと地政学の影響を大きく受ける存在でもある。
アメリカでも、昨今の肥料価格の上昇は無視できない課題である。アメリカ農務省(USDA)の分析でも、肥料費は作物生産コストの中で重要な構成要素とされており、価格上昇は農家の収益性に直接影響を与えるとされている。このため、施肥量の見直しやコスト削減の動きが農家レベルで見られるなど、肥料価格は経営上の重要な関心事項となっている。
さて、本号では、日米の比較もふまえ、アメリカの肥料事情を紹介したい。
三要素の総消費量:アメリカは日本の約25倍
肥料の基本である三要素(窒素、リン酸、カリ)の消費量を見てみると、日米の規模差は明確である。国際連合食糧農業機関(FAO)および国際肥料工業協会(International Fertilizer Association)の統計によれば、アメリカの年間消費量は栄養分ベース(三要素合計)で約2,000万~2,200万t、日本は約70万~90万tで推移している。
総量ではアメリカは日本の約25倍に達するが、この差は農地面積や作付体系の違いを反映したものであり、それ自体が農業の強弱を意味するわけではない。
単位面積で見ると日本はアメリカの約1.5倍
より重要なのは、単位面積当たりの投入量である。FAOの指標によれば、耕地1ha当たりの肥料使用量は、日本が約200kgであるのに対し、アメリカは約130kgにとどまる。
この差は、日本が水稲を中心とした集約型農業であるのに対し、アメリカが大規模畑作を前提とした生産構造を持つことに起因する。特にアメリカでは、大豆の窒素固定や大規模経営により、単位面積当たりの投入量を抑えることが可能となっている。
その結果、日本はアメリカに比べて肥料への依存度が高く、価格上昇の影響を受けやすい構造にある。
また、両国の農業構造の違いは、三要素の投入バランスにも表れる。International Fertilizer Associationのデータに基づく概算では、アメリカは窒素の比重が大きく、日本はリン酸、カリの比率も相対的に高い。
中東情勢の影響は「価格」を通じて表れる
今般の中東情勢が肥料に与える影響は、供給途絶というよりも価格の上昇として現れる。窒素肥料は天然ガスを原料として製造されるため、エネルギー価格の上昇はそのまま製造コストに反映される。また、肥料は海上輸送に依存しており、ホルムズ海峡など中東周辺の主要航路の不安定化は、輸送コストや保険料の上昇を通じて価格に転嫁される。こうしたコスト上昇は特定の国に限定されるものではなく、国際市場全体に波及する。
この結果、地政学的な緊張は肥料価格の上昇圧力として表れ、それが各国の農業コストに広く影響する構造となっており、日米のみならず各国にとって喫緊の課題となっている。
アメリカは国内生産を強化
こうしたリスクを背景に、アメリカは近年、肥料の国内生産強化に動いている。USDAは2022年に肥料生産拡大支援プログラムを開始し、国内生産能力の増強や供給の分散化を進めている。具体的には、中小規模の肥料メーカーや新規参入企業に対する資金支援を通じて、供給基盤の強化と競争環境の改善を実現し、より安定的な供給体制の構築を目指したものである。
この取り組みは、短期的な価格対策というよりも、供給の安定性を高めるための中長期的な対応として位置づけられる。ただし、肥料生産は設備投資に時間を要するため、すぐにはその効果が表れない点も指摘される。
自給構造の違いが耐性を分ける
こうした政策の背景には、日米で大きく異なる肥料の自給構造がある。アメリカは窒素については国内生産体制を有し、リン酸についても一定の資源と加工能力を持つ一方で、カリは主に輸入に依存している。これに対し日本は、三要素をほぼ全面的に輸入に依存している。このため、肥料は国際市場の動向に非常に左右されやすい構造にある。
この違いは、同じ価格上昇であっても、その影響の表れ方を大きく左右する。アメリカが国内生産や供給基盤の強化によって一定の耐性を持つのに対し、日本は三要素の多くを輸入に依存し、国際市場の変動を直接受けやすい。
現実的には、国内資源に制約がある以上、日本がアメリカ型の自給を志向することは難しいが、調達先の多様化や施肥の効率化などにより、外部ショックへの耐性を高める余地はある。肥料は目立たないが、農業の前提を支える基盤であり、その安定確保は今後の重要な政策課題といえる。