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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

第2次トランプ政権始動 Tariff Man 2.0に備えよ

[January/vol.163]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

トランプ氏の完勝

 2024年11月5日に投開票が行われたアメリカ大統領選挙では、共和党候補者のトランプ前大統領が312人の選挙人(総数538、過半数270)を獲得し、勝利した。トランプ氏は7つの激戦州¹を全て制するとともに、総得票数でも民主党候補者のハリス副大統領を上回った。総得票数で共和党候補者が民主党候補者を上回るのは2004年以来20年ぶりである。投開票前は接戦が予想されていたが、結果を見ればトランプ氏の完勝と言えるだろう。今後、アメリカ連邦議会による選挙人投票結果の承認等を経て、2025年1月20日にトランプ氏が第47代アメリカ大統領に就任する予定である。

 この結果に対しては既にさまざまな要因分析がなされているが、やはり一番は経済政策で、食品やガソリン、住宅価格等の高騰に苦しむ有権者に対し、ハリス氏は有効な解決策を提示できず、トランプ氏は不法移民問題とも結びつけて現政権の対応を徹底的に批判して支持を集めた。ハリス氏は民主党の主要な支持層である非白人や若者、女性からも十分な支持を得ることができなかった。民主党は2028年の次期大統領選挙に向け、大幅な戦略の見直しを迫られるだろう。

 トランプ氏にとってのさらなる朗報は、大統領選挙と同日に実施された連邦議会選挙において、上下両院を共和党が制したことである。法案提出権限を持たない大統領にとって、自らと同じ政党が議会の多数派を占めることは自身の政策実現にとって大きな追い風となる。共和党内でトランプ氏を支持する議員が増えていることは本コラム2024年11月号でも紹介したが、議会選挙結果とあわせ、第2次トランプ政権では第1次政権以上にトランプ氏の影響力が強まることが予想される。

1 選挙のたびに勝利政党が変わりやすい州で、スイングステートとも呼ばれる。詳しくは2024年5月号の本記事(アメリカ大統領選挙 命運握る激戦州)を参照。

Tariff Man 2.0に備えよ

 自らを“関税男(Tariff Man)”と呼ぶトランプ氏は、今回の選挙戦においても通商政策に関するさまざまなアイデアを提示していた。米国への全ての輸入品に対する10~20%の一律関税の賦課や中国からの輸入品に対する60%以上の関税の賦課、中国の最恵国待遇²の撤回と必要不可欠な商品の中国からの輸入の段階的な停止、「トランプ互恵通商法³」の制定などが代表的なものである。

 このような政策を実行するにあたり、関税を賦課する大統領の権限の有無(法的根拠)も含めて、詳細がまだ明らかになっていない部分も多いが、実現すれば各国は対応に苦慮することになるだろう。日本との関係で言えば、前述の一律関税への対応に加え、日米貿易交渉第2弾⁴も念頭に置いておく必要がある。また、バイデン政権が主導し、日本も参加するインド太平洋経済枠組み(IPEF)については、トランプ氏はこれを“TPP2”と呼び、大統領に就任すれば破棄する考えを示している。アメリカが抜けたIPEFは推進力を大きく失うだろう。

 トランプ氏は11月25日、自身が立ち上げたSNSである「Truth Social」において、不法移民や違法薬物の流入が止まるまで、メキシコとカナダから輸入される全製品に25%の関税を課す書類に就任初日に署名する考えを示した。あわせて、これも違法薬物の流入抑制を目的として、米国に輸入される全ての中国製品に対し、追加関税⁵とは別に10%の関税を課す方針も表明した。

 これに対し、メキシコのシェインバウム大統領は、自国も同様の措置を取る(関税で対応する)可能性を示唆しつつ、両国間での協議を呼びかけ、カナダのトルドー首相はトランプ氏と2か国が直面する課題について話し合ったと述べた。中国外務省の報道官は、「違法薬物はアメリカの問題である」としながらも、「中国は最も厳しい薬物対策を講じている国の一つであり、アメリカとの協力に引き続き前向きである」旨を述べた。

 一方欧州に目を向ければ、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、新たな関税を回避するためにアメリカ産エネルギー(液化天然ガス)の購入を増やす可能性を示唆している。

 第2次トランプ政権はまだ正式には始まっていないが、トランプ次期大統領を中心として、国際貿易をめぐる情勢が早くも慌ただしくなっている。日本は“Tariff Man 2.0”への備えが十分であろうか。一方的な譲歩を避け、国益を守るため、日本政府には緻密な戦略と強い交渉力が求められる。

2 いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他の全ての加盟国に対して与えなければならないというWTO協定の基本原則の一つ。これが撤回されれば、中国からの輸入品により高い関税率が適用される。

3 外国が米国製品に課す関税が、米国が課している関税より高い場合、その国の製品に同率の関税を課す権限を大統領に与えること等が想定されている。

4 日米貿易協定については、合意内容を確認する日米共同声明(2019年9月25日)において、「日米両国は、日米貿易協定の発効後(中略)互恵的で公正かつ相互的な貿易を促進するため、関税や他の貿易上の制約、サービス貿易や投資に係る障壁、その他の課題についての交渉を開始する意図である」とされている。

5 1974年通商法301条に基づき、トランプ政権が2018年7月以降に1万品以上の中国製品に賦課した追加関税。バイデン政権でも基本的に維持され、一部品目では関税率の引き上げも行われている。

11月6日未明に勝利演説を行うトランプ前大統領(中央)
(写真はABC NewsのHPより)
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