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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

日米協議に思う

[June/vol.168]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 3年間のワシントンDC駐在を終え、筆者は日本に帰国した。当コラムの執筆も本号で最後となる。これまで筆者の拙文にお付き合いいただいた読者の皆さまに、心より御礼申し上げたい。次号からは、後任の田代氏が当コラムを担当することになる。彼独自の視点や感性で、有意義な情報を提供してくれることに期待したい。

 最後の機会をお借りし、本号では、目下話題のアメリカの関税措置に関する日米協議について、私見を述べさせていただく。なお、本号は4月末に執筆しており、その時点での情報を基にした内容であることをあらかじめご容赦いただきたい。

 日米協議に関し、農産物に関してもさまざまな報道がなされている。その中でも特に驚いたのが、日本政府がアメリカ産の米の輸入の拡大を検討しているとの報道である。相互関税や自動車関税を撤回させるための交渉材料としてこれを利用し、あわせて高騰する日本の米価の抑制につなげたい狙いがある模様である。

 まず後者については、日本の主食であり、自給できている数少ない品目である米について、海外からの輸入により現在の問題に対応するという安易な考えは、将来の食料安全保障の確保に大きな禍根を残すものである。長い目で見れば日本全体の国益を損なうものであり、米の生産や流通を安定させ、消費者に適切な価格で米を届ける方策は、別途国内の対策で検討すべきである。

 また、前者について、アメリカ産の米の輸入の拡大が有効な交渉材料になるとは思えない。確かにトランプ大統領は「日本は米に700%の関税を課している」と公の場で述べているが、誇張した分かりやすい数字を使うのはトランプ氏の常套じょうとう 手段であり、この発言だけを捉えて、トランプ氏が米に強いこだわりを持っていると考えるのは早計である。

 根拠は主に3つある。1つ目は、アメリカの米の中粒種の産地は、民主党支持が盤石なカリフォルニア州であり、共和党のトランプ大統領にとって米にこだわる政治的利点が少ないことである。さらに言えば、主産地であるカリフォルニア州北部は、大統領選で争った民主党のハリス前副大統領の地元でもある。2つ目は、牛肉やトウモロコシ、大豆などの団体と比較し、アメリカの米団体の政治力は小さいことである。3つ目は、そもそもトランプ氏が米に強いこだわりがあるのであれば、当時の安倍総理とトランプ大統領で合意した日米貿易協定において、米の関税撤廃・削減が「除外」とはならなかったはずと考えられることである。

 加えて、仮に報道にあるように、6万~7万tの米をアメリカから輸入したとしても、金額的にはせいぜい100億円程度の話である。アメリカの対日貿易赤字解消への効果も薄く、これでトランプ大統領が納得し、相互関税や自動車関税を撤回するとは到底思えない。今回の理不尽な日米協議において、米はまったく譲る必要がないばかりか、有効な交渉材料にもなり得ない、ナンセンスな案である。

 相互関税に関するホワイトハウスのファクトシートで、「貿易相手国が非互恵的貿易措置を是正し、経済・国家安全保障上の問題でアメリカと一致する措置を講じた場合に関税を引き下げる」ことが言及されている通り、トランプ大統領が経済や国家安全保障の問題と絡めて、関税措置を考えていることは明らかである。中国との覇権争いにどう勝利するかがアメリカの最重要課題の一つであることをふまえれば、今回の日米協議を単なる二国間の関税問題に矮小わいしょう化せず、半導体の輸出規制などを含め、どう連携して中国に対峙たいじしていくかをアメリカに示すことが、交渉のカギとなるのではないか。最近の報道にもあるように、中国の報復措置により行き場を失っているアメリカ産の大豆やトウモロコシの購入を増やす案の方が、米の輸入拡大よりはるかに筋が良いと言えるだろう。

ワシントンDCの桜とジェファーソン記念館
(帰国前の記念に 3月下旬 筆者撮影)
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