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JAグループ全国機関のトップに、若手時代のエピソードをシリーズで伺います。
歩んできた経験を通して、JAグループをより知る“Start”にしていただければ幸いです。

JA全中の神農佳人会長 前編

わたしのStartはアルバイトから/築いたつながりが組織理解にも

JAトップたちの若手時代を聞く
 JAグループは、全国約1,000万人の組合員に向けて多彩な事業を総合的に展開し、日本の食と農、そして地域社会を支えています。本企画では、JAグループ全国機関のトップたちに、シリーズで自身の若手時代のエピソードを伺っていきます。
 仕事を重ねながら歩んできた経験に触れ、JAグループをより知っていただく“Start”にしていただければと思います。
 今回は、JA全中の神農佳人会長にお話を伺いました(前編4月、後編5月公開)。

わたしのStartはアルバイトから

 年齢に関係なく、若くても責任ある仕事に挑戦できるのがJAグループの魅力の一つだと思っています。
 大学卒業後、地元のJAを選んで就職しました。きっかけは大学時代、長期休暇を利用してJAの事業所でアルバイトをしていたことです。肥料の配達のほか、牛や豚の餌の配達、豚の出荷など、職員の皆さんと同じように仕事に関わる機会に恵まれました。
 今となっては笑い話ですが、家畜市場への出荷の途中、豚が広大なリンゴ畑に逃げ出したことがありました。先輩と2人で追い回しましたが、なかなか捕まえられず、「大変なことになった、どうしようか」と半ば諦めていた矢先、トラックのそばに豚がひょっこりと戻ってきたのです。元の場所に戻る本能が備わっていたのでしょう。2人で顔を見合わせ、何事もなかったかのように豚をトラックに載せて出荷したことを覚えています。もちろん安全には十分配慮していましたが、今ではよい思い出です。
 アルバイトの立場ながらJA職員と同じように働いていたためか、わたしをJA職員と勘違いして敬語で話しかけてくる人もいました。春・夏・年末の休みを中心にしたアルバイトを通じ、先輩職員の皆さんから仕事の仕方を教わり、「このまま一緒に仕事ができればいいな」と声をかけてもらったこともありました。こうした積み重ねから、就職活動はJA一本に絞り込むことになったのです。

若手時代(30代)の神農会長。左:女性部の集まりにて。右:お祭りにて。

築いたつながりが組織理解にも

 就職後は、出先の支所2か所で計8年間、金融の渉外担当を務めました。20代後半の頃だったでしょうか。2か所目の支所では、組合員の皆さんで構成される組織の事務局を担当しました。「年金友の会」や「旅行友の会」「ゲートボール愛好会」などの親睦団体から、営農にとって非常に重要な「水利組合」、高速道路建設に関わる「地権者組合」まで、10を超える組織の事務局を経験しました。
 事務局では、とにかく一生懸命に取り組み、組合員さんと一緒に行動し、話を重ねて懇意になる。皆さんに顔を覚えてもらい打ち解けていく中で、幅広い年代の方々と話ができるようになりました。こうした経験は、組織の枠を超え、JA事業への理解にもつながりました。築いたつながりは、担当部署を離れた後も生き続けました。
(後編へつづく)

JA全中の神農佳人会長
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