トランプ大統領の就任以降、ワシントンDCの雰囲気は一変した。選挙期間中に掲げた公約を実現すべく、大統領令を駆使しながら、トランプ氏は圧倒的なスピードで政策を推し進めている。ホワイトハウスからは連日のように衝撃的な発表が相次ぎ、情報を整理するだけでも精いっぱいなのは筆者だけではないはずである。十分な検証が行われる間もなく新しい情報が次々と押し寄せる状況は「洪水戦略」とも称される。バイデン政権下の平穏な日々が既に懐かしく感じられる。
さて、今月から日本では新年度が始まる。JAグループにも、多くの新社会人が期待と不安を胸に入組、入会、入庫されることだろう。日本の農業・農村の発展に向けて共に働く皆さまを、JAグループの一員として心より歓迎したい。
そんな本号では、トランプ氏の公約の一つである「ディープステートの解体」について取り上げたい。「ディープステート」というと日本では陰謀論と見なされがちだが、トランプ氏がかねてより主張してきたこともあり、アメリカでは一定の市民権を得ている。アメリカのある大学が2018年に実施した調査によれば、27%の回答者が「ディープステートは確実に存在する」と答え、47%が「恐らく存在する」と回答している¹。
そもそもディープステートとは何か。日本語では「闇の政府」と訳されるが、weblio辞書によると、「政府や国家の公式な構造の裏側で、影響力を行使し、政策決定に関与するとされる非公式な組織やネットワークのことを指す」とされている。より具体的には、自らの力を利用して、自分たちの都合の良い方向に政策を誘導している、政界のエリートや高級官僚、軍部、諜報機関、財界・グローバル企業、メディアの幹部等のネットワークと捉えても良いだろう。トランプ氏は選挙戦において、「ディープステートを解体し、権力をアメリカ国民に取り戻す」と繰り返し主張しており、そのための計画²の中には、連邦省庁や政府機関を徹底的に見直し、腐敗した関係者を全員解雇することや、ディープステートのスパイ活動、検閲、権力の乱用に関するすべての文書の機密指定を解除し、公開することなどが含まれている。
ディープステートの解体は第1次政権時代からのトランプ氏の主張であるが、第2次政権ではその“本気度”が違うと見られている。閣僚人事にもそれは表れており、トランプ氏がディープステートの強固な批判者であるカシュ・パテル氏を連邦捜査局(FBI)長官に指名³したことはその代表例である。パテル氏は、「FBI本部を閉鎖し、ディープステート博物館にする」と公言しているほか、自身の著書『Government Gangsters』では、ディープステートの一員として、バイデン前大統領やジョン・ボルトン元大統領補佐官、メリック・ガーランド元司法長官らの名前を具体的に挙げている。
トランプ氏と政府効率化省(DOGE⁴)を率いるイーロン・マスク氏が主導したアメリカ国際開発庁(USAID⁵)の解体の動きも、ディープステートの解体と無関係ではない。トランプ氏は同庁が長年にわたり巨額の資金を不正に使用⁶してきたとして、海外援助の一時停止や大幅な人員削減を今回実施したが、USAIDとディープステートのつながり、メディアとの関係についても問題視している。
元国務省職員のマイク・ベンツ氏は、USAIDはアメリカ中央情報局(CIA)の秘密作戦部門であり、国内外で左派イデオロギーを広めているほか、アメリカ国民に対する大規模な検閲や、ソーシャルメディアの操作、選挙の不正操作、反対意見の封殺などの世界的な取り組みに関与していると指摘している。マスク氏もこれに同意し、これは「急進左派による政治的情報操作」であり、「USAIDはメディアに資金を提供し、自らのプロパガンダを掲載させている」と主張した。これらの主張に対し、欧米や日本のメディアは一斉に否定的な報道を行った。
トランプ氏やマスク氏らによるディープステートとの闘いは今後も続いていくだろう。筆者として、日本版ディープステートの存在の有無等をここで論じるつもりはない。しかし、往々にして本当の権力の所在は見えにくいものであり、テレビや新聞の表面的な情報だけでは本質を見極められないこともある。誰がどのような思惑で権力を動かそうとしているのか、その背景を意識しながらニュースを追うことで、これまでとは異なる視点が得られるかもしれない。本号のテーマに少しでも関心を持たれた方は、『表現者クライテリオン』2025年1月号、『権力を動かす「権力」の構造』などを手に取って読まれることをお勧めしたい。農協改革の裏話にも触れられている。
1 https://www.politico.com/story/2018/03/19/poll-deep-state-470282
3 カシュ・パテル氏のFBI長官人事は2025年2月20日に連邦議会上院で承認された。
4 規制緩和や連邦政府の支出削減等に取り組む組織で、トランプ大統領が新たに設置した。
5 アメリカ政府の海外援助を管轄する政府機関で、世界各地で人道支援等を行っている。
6 ホワイトハウスのHPには不正使用の具体例の一部として、ペルーにおけるトランスジェンダーの漫画に3万2,000ドル、アフガニスタンにおけるケシの栽培やヘロインの生産に数億ドルを提供していたことなどが指摘されている。

(写真はThe Wall Street Journalより)