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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

食・農・地域の未来のために期待されるJAグループ食農教育の役割

上岡美保 東京農業大学 副学長、「食と農」の博物館 前館長

新たな食料・農業・農村基本計画

 食料・農業・農村基本法が制定されてから20年余が経過し、令和2年3月には新たな食料・農業・農村基本計画が策定された。その基本的な方針は、これまでに引き続き「『産業政策』と『地域政策』を車の両輪として推進し、将来にわたって国民生活に不可欠な食料を安定的に供給し、食料自給率の向上と食料安全保障を確立する」こととしつつ、新たに農業経営基盤を強化するためのスマート農業やデジタル化、昨今の自然災害、家畜疾病、気候変動等、農業の持続性を脅かすリスクへの対応、世界的課題であるSDGsを契機とした持続可能な取組への後押し等が施策推進の基本的視点として盛り込まれた。言うまでもなく農林水産業の維持は、国民の食料安全保障を確立しつつもその多面的機能を発揮することで、地域そのものも維持される。しかし、本基本法の基本的な方針の一つである食料自給率の向上については、基本計画の食料自給率目標45%(カロリーベース)にはいまだ到達しておらず(令和3年度で38%)、目標達成にはまだほど遠い状況である。今後の食料安全保障のためには、前述のような農業経営基盤の整備・強化は重要なファクターとなることには疑いはない。
 しかし、わが国の農業・農村を維持するために今後最も必要なことは、新しい食料・農業・農村基本計画においても、講ずべき施策の一つに挙げられた「食と農に関する国民運動の展開等を通じた国民的合意の形成」であり、「消費者と食・農とのつながりの深化」である。すなわち、これまで以上に食と農に対する国民・消費者の理解の醸成が今後の農業・農村の維持・発展、食料安全保障の確立において重要になるといえる。

今、国民に求められているエシカル消費とは?

 近年、消費者基本法、環境基本法、循環型社会形成推進基本法、食料・農業・農村基本法、食育基本法等、あらゆる場面においても「エシカル消費」ができる人材育成が強調されている。エシカル消費とは、人的な配慮、環境・生物多様性への配慮、社会への配慮、地域への配慮等を考えた道徳的・倫理的な消費行動で、その行動の大部分が農林水産業との関連として捉えられる。ただし、エシカル消費ができる人材育成は容易ではなく、かつ多大な時間を要する。そのためには、幼少の頃から、自然に親しみ、多くの人と関わりながら、地域の産業、地域のあらゆる資源に目を向ける契機となる教育の機会が必要である。
 つまり、これまでJAグループが取り組んできたあぐりスクールや農業体験、農業塾、料理教室等の「食農教育」を軸とする教育文化活動※は、地域に根差す537のJAが当該地域の特性を踏まえつつ実施するもので、わが国の地域課題を解決できる人材育成にとっても重要な取組であるといえる。

今後の在りたい社会像と人材育成

 令和3年12月に岸田総理大臣を長として、わが国の未来を担う人材育成について議論することを目的として立ち上げられた「教育未来創造会議」の第一次提言においては、今後のわが国の在りたい社会像として、一人一人の多様な幸せと社会全体の豊かさを実現するウェルビーイング社会の構築、SDGsへの貢献、生産性の向上と産業経済の活性化等が掲げられている。さらに、こうした課題解決に資する人材育成として、エシカルな行動ができる人材、デジタル、人工知能、農業、観光など科学技術や地域振興の重点分野をけん引する人材、STEAM教育の強化、文理の壁を越えた普遍的知識・能力を備えた人材、自然科学分野(理工系・農学系を含む)を学ぶ学生の割合の増加等を強化すべきであるとうたわれており、農業分野にも大いなる期待が寄せられているといえる。また、今、教育現場においては「探究の学び」が求められている。例えば、高校では令和4年度から新学習指導要領により「探究型学習」を重点に置いた学習内容が盛り込まれ、その手法としてのアクティブラーニングが注目されている。さらに、教育未来創造会議でも挙げられている「STEAM教育」はScience、 Technology、 Engineering、Mathematicsに加え、芸術、文化、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲でArtを定義し、各教科等での学習を実社会での問題発見・解決に生かしていくための教科等横断的な学習として位置づけられている。こうした学びの実現に「食農教育」が大きな役割を果たすのではないだろうか。

JAグループに期待される食農教育の強化

 昨今のJAグループの食農教育活動においては、コロナ禍での活動停滞や実施者の世代交代等による活動継承や継続が困難になっている場合も多く見受けられる。しかし今こそ、オンラインを組み合わせたプログラムの導入やJA・青壮年部・女性部との連携、組織内における部署間連携、組織外の行政や教育機関、地域主体との連携をさらに強化した食農教育ならびに教育文化活動の展開を強化すべきである。そのことが食と農に対する国民の理解と「国消国産」等のエシカル消費を促し、ひいては農業・農村の維持・発展、国民自身の食料安全保障の確立につながるといえる。その意味で、JAグループの食農教育を核とする教育文化活動は、わが国の食・農・地域の未来の創造に大きな役割を果たすに違いない。

※教育文化活動……JA組合員、組合員家族や地域住民とJAとの新たな関係性(つながり)を築くためのさまざまな活動

上岡美保

上岡美保 かみおか・みほ

香川県出身。2001年東京農業大学大学院農学研究科農業経済学専攻博士後期課程修了。2016年より東京農業大学国際食料情報学部教授、2021年4月に同大副学長に就任。専門は農業経済学および食料経済学。農林水産省食料・農業・農村政策審議会委員、食育推進会議委員、内閣官房教育未来創造会議(第一次提言)構成員等を歴任。

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