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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

おにぎりの現在地とこれから

佐藤智香子 料理家・(株)ワイオリキッチン代表

365日毎日食べ飽きないおにぎりを

 米処こめどころである新潟県で生まれ育った私は、美味おいしいお米が常に身近にありました。ゴールデンウイークの前になると田んぼに水が張られ、やがて青々とした稲が育ち、黄金色に実った稲穂がこうべを垂れて、新米の季節を迎える、これが毎年広がる景色です。

稲穂でいっぱいの新潟平野

 米だけではなく、農業県でもある新潟は、枝豆、トマト、茄子なすび、果実などさまざまな農産物が一年中にわたり収穫の時を迎えます。そんな旬の食材を使って、レシピを年間300以上作る生活を10年以上続けています。
 しかし、ふと抱いたのが、自分のルーツでもある「お米」にもっと向き合いたい、味わい尽くしたい、魅力を伝えたい、という感情でした。
 それを形にしたのが「365日、毎日食べても食べ飽きない、毎日違うおにぎりのレシピを作ろう」ということでした。やがてこれが2017年に書籍化され、『365日おにぎりレシピ』(ニューズ・ライン刊)という1冊の本になりました。
 2019年4月には英訳され、『ONIGIRI 365 wonderful recipes!』として出版され、うれしいことに、「世界料理本大賞2020」RICE部門で「世界一」を受賞しました。
 本を仕上げた達成感に浸る間も無く、そこからが「おにぎり」と深く向き合っていく始まりとなりました。

英訳版『ONIGIRI』

おにぎりはブームなのか・・・

 昨今は「おにぎりブーム」と言われているようです。
 でも「ブーム」はいつかは去るもの。「おにぎり」は一過性のものではなく、この先もずっと私たちの食の真ん中にあり続けるものだと信じています。
 私が思う、おにぎりの最大の魅力は、誰もが知っているものだけど、100人100通りの描く理想のおにぎりがあり、「あの頃」の思い出がよみがえってくる不思議な食べ物、というところにあります。
 ある人は、大事な大会の前に持たされたぎゅっと固い「がんばれ」のおにぎり。
 またある人は、親元を離れて初めて自分のために自分で握った「ほろ苦い」おにぎりかもしれません。

 私たちは身近過ぎて「お米の本当」を分かろうとしてこなかったが故に、お米は太りやすい、と誤解されるようになり、若者の米離れが進んだ一因になったのかもしれません。本来お米は腹持ちが良い食べ物で、太りにくいはずなのに。
 また、ご飯とおかずが一緒になったおにぎりは、ご飯だけだと食べない人でも、手軽に食事がとれ、食が進みます。忙しい現代人のスタイルにマッチしている食習慣だといえます。

いろいろな具材が入ってそれだけで素敵なお弁当に

 おにぎり本を作った時は、まだビジュアルに訴えかけるおにぎりは、それほど存在していなかったように思えますが、ここ数年でおにぎりの見た目も具材のバリエーションも、形状も、どんどん自由になっています。
 お米そのものが美味しいのだから、本当は「塩」だけで良い、と思っていますが、ビジュアルで目を引くことでお米を食べる機会が増えるのなら、嬉しいことです。
 こうして新しいものを次々に考案していたら、おにぎり屋さんの監修をするという機会に恵まれました。それには「お米文化をアップデートする」というサブテーマがありました。

おにぎりからONIGIRIへ

 2018年にオーストラリア メルボルンの日本国総領事館で、2019年にはフランス パリで「おにぎりワークショップ」を開催しました。
 日本から米を持っていき、現地で炊飯し、好きな具材と合わせておにぎりを握り「米」を味わってもらおう、というものでした。
 まずは「生米」を「ます」に入れて、回して見てもらった時、それをつまんで食べようとする人がいました。それくらい「米」に対して馴染なじみがないようでしたが、とても興味・関心が高い空気を感じました。
 また「日本の『漫画』やTV番組、映画作品の中に出てくるあの『黒いかたまり』(おにぎり)の食べ物はいったい何だろう?食べてみたい!」という感情から参加してくれた若者もいました。
 好きな具材も国ごとに違いがあります。オーストラリア人はツナやサーモン、胡麻ごまが好き。フランス人には意外にも塩昆布、桜の花の塩漬けなど香のあるものが人気です。先日カザフスタンの方々とおにぎりを作りましたが、彼らはツナが大好きでした。あらためてツナマヨは世界中に愛されるおにぎりの具だと感じました。
 ヨーロッパでは「海苔のり」について「海洋汚染などからどうやって海苔を守っているのか」と質問されました。またラップフィルムを使って「おにぎり」を握ることで、エコロジカルの視点から危機感を持っている方々とディスカッションができたことは「米」をきっかけに、自分の世界が広がることとなりました。
 日本の原風景に誰もが当たり前に持っている「おにぎり」は、世界に出てみると日本の食文化や心を伝える大事な役割を担っているものなのです。

毎日あと1個のおにぎりをいただくことは

 私たちが、当たり前のようにいただいているお米が、日本の日常の食事としていつまでも存在し続けるために、私たちはお米をしっかり食べなければならないと感じています。何でも食べられる時代だからこそ、意識してお米を選ぶことが、心を込めて栽培してくれている農家の皆さんを支えられるのではないか、と感じています。

新潟らしい「枝豆と塩昆布のおにぎり」(左)と新潟産食用菊を使った「かきのもととたらこのおにぎり」(右)

 おにぎりについての歴史資料はお寿司すしとは違って、内なるもので文献も少ないですが、今やおにぎりは日本と世界をつなぐ大事な食文化となっています。美味しいものを食べて笑顔になるのは世界共通です。今こそ「お米の可能性」を感じずにはいられません。
 毎日一人一人があと1個のおにぎりを食べれば、きっと日本農業の未来や食文化はより輝くものになる、と信じています。

一つ一つのおにぎりに心を込めて

佐藤智香子

佐藤智香子 さとう・ちかこ

(株)ワイオリキッチン代表。新潟県生まれ。
アナウンサー時代、生産現場を巡る取材に魅せられて食の世界へ。仏料理学校ル・コルドン・ブルーでフレンチの基礎を学び、和食・中国料理・懐石料理と幅広く習得する。2000年頃より、雑誌のレシピページの連載を皮切りに、年間300以上「レシピ」を考案する料理家として歩み始める。
テレビ、ラジオなどをはじめ、CM制作・スタイリング、ミールキット開発のほか、フードプロデュースなど、さまざまな角度から「食」が楽しくなる提案をしている。オーストラリア・フランスなど国内外問わず「おにぎりワークショップ」「おにぎりレセプション」を複数開催。ライフワークは「米」。
著書は『365日おにぎりレシピ』・英訳版『ONIGIRI』(ニューズ・ライン刊)。
『ONIGIRI』は「グルマン世界料理本大賞2020」RICE部門で「世界一」を受賞した。
Web : waioli-k.com
Instagram:waiolikitchen365

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