前号に続き本号では、ついに動き出したアメリカ農業法(Farm Bill)の法案審議に関して、上院農業委員会(民主党議員が委員長を務める)の委員長案と下院農業委員会(共和党議員が委員長を務める)の委員長案(以下、それぞれ「上院農委案」「下院農委案」と呼ぶ)の比較を通じ、農業・食料政策に対する民主党と共和党の思想や優先事項の違いを見ていきたい。
栄養プログラム
困窮者向け食料支援施策として代表的な補助的栄養支援プログラム(SNAP¹)を含め、栄養プログラムは農業法関連の支出で大きな割合を占めている。このため、農業法の議論のたびに、都市部に支持層が多く食料支援を継続したい民主党と、農村部・地方に支持層が多く農業関連支援に予算を多く配分したい共和党²との間で常に意見が分かれるテーマである。
今回の下院農委案では、SNAPの継続そのものを妨げる内容とはなっていないが、給付金の算定基礎である倹約食料プラン(TFP³)の今後の更新に関して、インフレ以外の要因による調整を認めない規定を含んでいる。共和党側は、これは行政による恣意的なSNAP給付額の増減を防ぎ、他のプログラムへ予算を振り向けるための措置であると説明しているが、民主党側はSNAPの実質的な削減であるとして強く反対しており、今後の大きな争点の一つになるとみられている。
1 かつてはフードスタンプという名称で慣れ親しまれていた制度。基本的には、世帯所得が連邦政府の定める一定の基準を下回った場合に給付金を受け取れる仕組みで、給付金は食料品の購入に充てることができる。アメリカでは4,000万人以上がこの制度を利用している。
2 加えて共和党は、基本的に政府の歳出削減、財政の健全性の確保を重視する立場。
3 食品価格や食品に含まれる栄養素、消費行動の変化等をふまえ、健康的な食生活を維持するために最低限必要な費用を米国農務省が見積もるもの。2021年のTFPの更新により、最大給付額が21%増加。

貿易プログラム、その他
関税削減・撤廃を中心とした伝統的な自由貿易協定を追求しないバイデン政権の貿易アジェンダに対し、共和党はこれまでも繰り返し批判を行ってきたが、下院農委案では、アメリカ産農産物の輸出拡大を図るべく、市場アクセスプログラム(MAP⁴)や海外市場開発プログラム(FMD⁵)の資金を倍増する提案がなされている。上院農委案では、これらのプログラムの資金は据え置いた上で、昨年10月に新たに措置された、輸出市場の多様化への支援である地域農業振興プログラム(RAPP)の継続的な実施を強調している。また、両案において、パルメザンやボローニャといった一般的な名称の使用の保護を促進する規定なども盛り込まれている。
その他の内容として、例えば、アメリカ国内でも近年議論が再燃している、外国人による農地の取得への懸念への対応も両案に含まれている。下院農委案では、外国人による農地所有の追跡を強化する規定や農業外国投資開示法(AFIDA)に基づく報告を怠った場合の罰則規定などが、上院農委案では、AFIDAの報告対象の拡大や外国人所有農地に対する作物プログラムの支払いの制限などが盛り込まれている。
また、下院農委案では、農業資材の外国依存、知的財産、サプライチェーンの混乱など、農業に対するリスクや安全保障上の脆弱性を定期的に見直し、議会に報告することを農務長官に要求する内容や、食品関連の緊急事態に関連したセクター横断的な危機シミュレーションを毎年実施することを国土安全保障長官に指示する内容なども含まれており、アメリカでも食料安全保障に対する懸念が高まっていることがうかがえる。
4 米国外における消費者向け広告や店頭での実演販売、見本市への参加、市場調査等を行う団体の活動を支援するもの。
5 米国産農畜産物の長期的な輸出市場の創出等を目的とし、加工能力の向上や新たな市場の特定等を支援するもの。
今後の予定など
下院農委案については、5月23日に下院農業委員会で審議が開始され、一部修正が加えられた上で、共和党議員を中心とした賛成多数により翌日未明に可決された。ただし、下院本会議での審議については、政府の来年度予算の審議等の関係上、早くても本年9月以降になるとみられている。また、上院農業委員会での審議日程は、本号執筆時点(6月末)で発表されておらず、今年中に新農業法が成立するかどうかについては悲観的な見方も多い。現行農業法の再延長も有力な選択肢として考えられている。
いずれにせよ現時点では両案に隔たりが大きく、今後民主党と共和党との間での調整が不可欠である。新農業法が最終的にどのような内容となるのか、引き続き注視したい。