地域の元気を生み出すJA
JAあいち中央「へきなん美人」をめぐる
“本物”を伝える食育活動の展開とブランド化に向けた取り組み
2023年の11月、国連総会は2012年に続き、2025年を2度目の国際協同組合年にすることを宣言しました。
JAグループは、持続可能な地域社会をつくる日本の協同組合の取り組みについて、認知を高めていく絶好の機会として捉えてまいります。
今後、「協同組合」についての関心が高まることが想定される中、全国各地で「協同組合の力」を発揮しているJAの取り組みを紹介します。
1. はじめに
愛知県碧南市はニンジンとタマネギの大産地である。特にニンジンは愛知県全体の生産量の約半分を占め、碧南市におけるニンジンの出荷量は、年間約7,600tに上る。
ニンジンには独特の青臭さがあり、それが子どもたちを中心に、ニンジンを遠ざける理由の一つになっているという一面がある。そこで碧南地域では、地元の篤農家を中心に、在来種「碧南鮮紅五寸人参」の品種改良を重ね、青臭さを抑えた甘くておいしい新品種のニンジンを開発した。2004(平成16)年に、当時の碧南市長が「ニンジンを食べて健康で美しくなってほしい」と、新品種のニンジンを「へきなん美人」と命名した。また2007(平成19)年には、JAあいち中央に「碧南人参部会」が設立された。それ以降、へきなん美人のブランド化を、行政・JA・地元農家が一体となって推進している。
そうした背景のもと、子どもをはじめとした若い世代にもっとへきなん美人の良さを知ってもらおうと、ブランド化と並行して、へきなん美人を用いた食育活動に力を入れている。「次世代に碧南の農業を伝えるとともに、本物のおいしさに触れてもらいたい」という思いから、JAあいち中央の「碧南人参部会」と、地域の生活改善実行グループの女性たちが中心となって、小学校の児童たちを対象とした、農業体験や調理実習を展開している。
2. 五感を使って学ぶ「栽培体験学習」
「ニンジンの種ってこんなに小さいんだ!」「この粒がニンジンになるの?」……まだ残暑厳しい9月の中旬、強い日差しが照り付ける中、碧南市立鷲塚小学校の圃場には、小学3年生の児童106人の元気な声がこだました。これから「へきなん美人」の栽培体験学習が行われる。講師を務めるのは、JAあいち中央の碧南人参部会(以降、「人参部会」と表記)の部会員だ。暑さに備えて、子どもたちはみな、肩から水筒を下げ、おそろいの白い帽子もかぶって、万全ないでたちである。
栽培体験学習は、「バーチャルではなく本物に触れることで、碧南地域には素晴らしい特産品『へきなん美人』があることを、五感で学んでほしい」という思いをもとに、人参部会が主催して、地元小学校の3年生を対象に、2008(平成20)年から継続して実施しているものだ。
開始当初は1校での取り組みだったが、「生産者と直接触れ合うことで農業の大切さを学べる」と教師の間で評判となり、翌年度から実施校が3校に増えた。現在では、市内7校のうち、4校の小学校で実施されている。
人参部会が直接指導するのは、①播種(9月)、②間引き(9~10月)、③収穫(1~2月)、の年3回で、日常の水やりや草取りは、教師と児童とが行うことになっている。しかし、直接指導の合間には、人参部会員や、人参部会の事務局を務めるJAあいち中央の営農部碧南園芸課が、定期的に圃場を見回り、状況によっては追加作業を行うなどして、子どもたちの大切なニンジンの発育を見守っている。
筆者が取材させていただいたのは、鷲塚小学校で行われた①の播種体験である。実施当日は、子どもたちが作業を行う2時間以上前に、人参部会員(2人)とJAの担当者が圃場に参集し、機材を用いて畝づくりなどの準備を行うことから始まる。

播種作業に入る前に、JAの担当者が、児童に作業の全体像を説明する時間が設けられている。「みんな『へきなん美人』って知ってる?」と問いかけると、「知ってる!」「食べたことあるよ!」と元気な声があちらこちらから返ってくる。つかみはOKだ。JAの担当者は、ニンジンの種はとても小さいため、まきやすいように土で白くコーティングしていることや、へきなん美人は他のニンジンに比べるととても甘いので、ジュースにするとおいしいといった情報を、小学3年生にも分かりやすい平易な言葉を使って伝えていく。これから体験する種まきへの期待で、子どもたちの目がみるみる輝いていく。

実際の播種作業からは、人参部会員の出番となる。子どもたちは、細かいニンジンの種をこぼさないように、小さな手でしっかりと握りしめ、人参部会員の指導のもと、ある子は丁寧に、別の子は大胆にと、それぞれの個性で畑にまいていっている。人参部会員は、個々のやり方に対して口をはさむことは一切せず、作業を見守りながらへきなん美人にまつわるさまざまな知識を子どもたちに披露している。「種と種を近い位置にまくことで、お互いが競争して大きくなる。だから、間引きが必要になるんだよ」という話には、筆者も、子どもたちと一緒に「なるほど」とうなずいてしまった。

この日、体験学習の意義を示す、印象的な出来事があった。「今日まいた種はいつニンジンになるの?」という児童からの問いかけに、人参部会員が「1月から2月だよ」と答えた。すると子どもたちから「えーっ、冬にならないと食べられないの?」という悲痛な声が上がったのである。スーパーの野菜売り場に行けばいつでも手に入るニンジンだが、実は大きく育つまでに数か月の時間を要するという事実に、多くの児童が驚愕した様子だった。今日種まきを体験した子どもたちは、冬の収穫のとき、暑さの中、大汗をかきながら一粒一粒の種を植えたことや、むせかえるような土のにおい、そして気温よりもずっと冷たかった土の感触を思い出すに違いない。次回の間引きでは、小さいニンジンを引き抜くことの悲しさも経験するだろう。「五感で学ぶ」とは、こうしたことを指すのではないか。そしてそれこそが農業体験の意義だと筆者は感じた。
播種を無事終え、「ありがとうございました!」というお礼の言葉と、紅潮した頬に満面の笑みを残して子どもたちは教室に上がっていった。しかしまだ作業は終わらない。人参部会員とJA担当者は圃場に残り、種が表出したところに土を掛け直して圃場を整えていた。また、翌日には人参部会員が除草剤をまく予定である。直接指導は3回だが、付随する作業が山ほどある。栽培体験学習にかかる種や農薬は、全てJAが準備しており、人参部会員は完全なボランティアでこの活動に参加している。
そうまでしてでも栽培体験学習を行う理由を、人参部会の角谷到さんは次のように話す。「実際に体験することでしか味わえないことがあります。ニンジンは嫌い、と言っていた子どもが、農業体験を経ることでニンジンに愛着がわき、食べられるようになったといううれしい報告を聞くこともあります。こうしたことの繰り返しから、大人になったときに食に対する意識が高まるのだと思います。この地域には『へきなん美人』という誇れる特産品があることを覚えておいてほしいです」
栽培体験学習は、先述したとおり、2024(令和6)年現在、市内7校のうち4校で実施しており、2023(令和5)年度までに参加した児童の数は、4,180人に上っている。

