食・農・地域の未来とJA
現代に生きる「協同」
エンブリーの『須恵村』
熊本県南部、人吉盆地の中ほどに須恵という村がある。2003年に合併するまでは須恵村という1つの自治体であったが、現在はあさぎり町の一地区となっている。この人口1,081(2025年12月末現在)の小さな村は、日本の農村を研究する国内外の研究者たちに広くその名の知られた村でもある。戦前の日本農村を描いた民族誌として名高い、『須恵村――日本の村』(以下、『須恵村』と略す)の舞台となったからだ。
今から約90年前の1935年、当時シカゴ大学の大学院生であったジョン・F・エンブリーは、東アジア調査プロジェクトの一環で日本を訪れ、約1年間、須恵で生活しながら調査を行った。その記録をもとにして書かれたのが、『須恵村』である。この調査には日本語を話すことができた妻エラも同行しており、彼女のフィールドノートをまとめた『須恵村の女たち』という本も出版されている。この2冊には、家族や近隣との付き合いから、生業、宗教、恋愛や性に関する事象まで、当時の須恵における人びとの暮らしが克明に記されており、戦前の日本農村を知る貴重な資料となっている。
『須恵村』における協同
近年、このエンブリーの『須恵村』が、地域住民や研究者の間で改めて注目を集めている。そのけん引役となっているのが、2021年に出版された新・全訳版『須恵村』の訳者、田中一彦氏である。元西日本新聞の記者という経歴を持つ田中氏は、2011年から3年間、あさぎり町で生活しながらエンブリーや須恵について詳細な調査を行い、その後も現在まで精力的に研究を継続している。現代におけるエンブリー研究の第一人者である。
その田中氏が『須恵村』の主題として強調するのが、村の人びとの間で行われる「協同(co-operation)」である。実際に、『須恵村』の第4章は、「協同の慣行」というタイトルが付けられており、「講」や交換労働(「ゆい」という表現が最も一般的だが、須恵では「かったり」や「かちゃあ」と呼ばれる)などについて詳しく紹介されている。特に印象的なのが、橋の建造に関する記述だ。川の増水・氾濫によって橋が流されると、稲刈り前に村の人びとが再建の日取りを相談する。その日の朝になると、各世帯から一人が参加し、指示役のボス不在のまま全員が何らかの仕事につき、ときに冗談を言い合いながら作業が滞りなく進んでいく。そして、その日のうちに、ほとんどお金をかけずに橋は完成し、夜は宴会となる。エンブリーは、こうした日本農村の協同を自発的で民主的なものとみなした。
上記のように協同を高く評価したエンブリーだったが、このような村の生活様式は近代化とともに失われていくとも考えていた。須恵においても、近代国家と貨幣経済に基づく仕組みが本格的に浸透し、人びとの暮らし方に影響を与えるようになっていたからである。前述の「かちゃあ」による田植えも、雇用労働などに置き換えられていった。こうした変化を通して貨幣が便利な交換手段からそれ自体魅力あるものに変化し、村の結束を崩壊させているとエンブリーは指摘している。
「和綿の里づくり会」の活動
現代の須恵において協同は失われてしまったのだろうか。実は、そうではない。様々なアレンジが加わりながら、協同の考え方は現代の須恵の暮らしの中にも受け継がれている。一例として、「和綿の里づくり会」の取り組みを紹介したい。須恵村時代に誘致した縫製工場の発案で始まったこの取り組みは、2026年で14年目を迎える。須恵の団体を中心とした会だが、その活動に関心を持ち理念に賛同する人なら誰でも自由に参加できる。春の種まきと秋の収穫には、須恵の保育所や小学校、人吉・球磨地方の高校、老人クラブ、企業、福祉施設、農業団体などから多くの参加があり、子どもから高齢者まで多様な人びとが交流する機会となっている。
このように開かれた和綿の里づくり会の活動は、エンブリーの描いた協同とずいぶん性格が異なるようにも感じられる。しかし、関係者からは、会の活動と須恵に蓄積されてきた支え合いの伝統(「ハジアイ」という言葉で表現される)との連続性が語られたり、かつての田植えや稲刈りにおける「かちゃあ」の記憶との結びつきが強調されたりする。実際に、会の活動の方針には、協同と似たところも多い。一例を挙げれば、橋の再建に関する記述で紹介した「ボスがいない」という特徴である。もちろん、和綿の里づくり会にも会長はいる。しかし、その役割は「ボス」ではない。現会長の恒松祐輔氏は、自身が会長を務めている理由を、主要メンバーのなかで最も若く、自分が生きている限りは活動を続けられるからだと語る。種まきや収穫作業でも、説明は地元の高校生たちが担い、小さな子どもたちの補助も行う。会長は、滞りなく作業が進行するよう準備し当日もよく気を配っているが、ボスのように命令したりはしない。
もう1つ、和綿の里づくり会の特徴で興味深いのが、参加者の誰も「儲からない」仕組みになっているというところだ。収益を増やすために切り捨てられるものを作らず、関係をなるべく長く続けて行こうという意図が表れている。この、お金を目的とせず関係を重視するという考え方にも、かつての協同と似たところがある。
持続的な地域の実現に向けて
ここまで和綿の里づくり会の活動から、須恵に残る協同について紹介してきた。このような協同の理念は、JAの理念とも重なる部分が多い。ともに、地域の生活を豊かにすることを目的として助け合うことを大切にしているからだ。ここでいう生活の豊かさは、経済的だけでなく関係の豊かさと深く関係する。農業・農村、さらには日本社会の縮小が進む現代だからこそ、持続可能な地域の実現に向けて協同のような仕組みを見直し、再構築していくことの意義は高まっている。JAがこうした活動において、重要な役割を果たしていくことに期待したい。
*写真はいずれも著者が撮影したものです