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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

農産物の適正な価格形成に何が必要か

新山陽子 京都大学名誉教授

適正な価格形成の仕組みづくりはなぜ難しいか

「食料・農業・農村基本法」改正の条文案がまとまり、この国会に提出される。法文には、農産物の適正な価格形成が盛り込まれることとなっている。不測時の食料確保のための法案など三法案が同時審議される。しかし、価格形成については法制化の目処めどがたっていないようである。
 価格形成は、制度づくりが極めて難しい領域である。農産物の価格形成は、農業者とその取引相手の卸売業者や食品加工業者だけでなく、小売店から消費者市民にいたるフードシステムの構成者全てが関わる。しかし、それぞれの立ち位置から全体はみえず、問題の認識、合意の形成は難しい。さらに、価格は当事者が交渉によって決めるものなので、そこに枠をはめると独占禁止法に抵触しかねない。
 しかも、小売の交渉力が強く、売り手は対等な交渉ができない。さらに、日本では安いことが良いことという風潮のなかで、安く売るために安く買われている。大手食品小売も利益が出ていず、誰も得しないフードシステムといわれている。
 最も困っているのは農家である。採算が取れず、減少の一途をたどっている。今回の基本法改正では、FAO(国連食糧農業機関)の定義にもとづいて、食料安全保障を平時から国民一人一人が十分な食料を入手できるようにすることと規定され、食料政策の柱にされる。農家の減少はその基盤を崩す。農家は、JAに販売委託をすることが多く、自ら交渉することが少ない。そのため、販売価格が適正かどうかを考え、その判断に必要な生産コストを把握しようとする思考が働かないのではないだろうか。
 消費者も食べ物の質より、簡便さ、安さを求める傾向が強い。健康への影響をとらえられているだろうか。このままでは安かろう悪かろうになってしまいかねない。
 JAも、「国消国産」を呼びかけるだけでなく、このような事情をわかりやすく説明し、消費者に受け止めてもらえるようにすることが大切ではないだろうか。直売所の価格問題もある。鮮度は良いが、コストを考慮せず安く売られている。生産者が値段を付けるので、まずはこのようなところから変えることが必要ではないだろうか。

フランスの生産コストを考慮した価格形成の仕組みづくり

 フランスでは、2021年にEgalim Ⅱ法(「農業者の報酬を保護する法」)が定められ、農業者から、最初の取引相手に、書面で契約を示し、そこに生産コストを考慮した価格決定方法を記載することが義務づけられた。契約期間は3年以上とされ、その間は毎回の交渉なしに、生産コストとその変動を価格に反映できるようにされた。
 価格決定方法は、生産コストの考慮方法を文字で示すか、フォーミュラ(自動改定式)を示すかのどちらかをとる。
 フォーミュラは、「価格=生産コスト指標×係数+公表市場価格指標×係数+公的ラベルなどの品質の割増」のような値決めの式である。しかし、生産コスト指標の使用については、競争法への抵触を避けるため、極めて慎重にされている。義務化は、あくまで生産コスト指標を「考慮する」ことである。どの程度考慮するか、つまり係数は、当事者同士の交渉によって決まり、当事者以外は知ることはできない。
 フランスの農協は農家から買い取ることが多い。そこで、「認定生産者組織」が設けられ、農家は、この組織に委託して、契約の枠となる「枠組み協定」を結ぶこともできる。
 また、生産コスト指標の作成は、客観性を保てるように、取引には関与しない、品目ごとに法の認可を受けた「専門職業間組織」(organisations interprofessionnelles)が行う。
 さらに、食品加工事業者と小売事業者との取引についても、規定が設けられた。上記の条項にもとづいて取引された農産物原料部分については、価格交渉はできず、契約書に原料コストの変動に応じて価格を自動改定する条項を設ける。これによって、農産物の生産コストを川下に伝達する措置が取られている。
  実際には、生鮮果実・野菜(価格変動が激しい)、穀物(シカゴ相場など国際相場の利用)など、かなりの品目が政令で適用除外された。しかし、ウクライナ問題による資材価格高騰から、適用しておけばよかったとの声が上がっているとのことである。

組織的な議論の場が必要

 フランスでは、上記の品目ごとの専門職業間組織があり、その役割は大きい。生産者や食品事業者など関係者の議論の場となっており、それをもとに政府と議論がされている。
 日本でもこのような組織が必要である。しかし、それをしないまま、農林水産省ワーキンググループで検討が始まっている。議論にならず、方向がみえてこないようである。
 牛乳では、取引の各段階で、価格交渉の仕組みとコストのデータが示せるかがヒアリングされている。データは、「見える化する」とあるので、公表かと考えられる。その場合は、大きな問題がある。交渉の当事者(事業者や団体)がコストを公表するよう、法で定めると、恣意しい的に作成される可能性が生まれる。また、各段階のコストを公表し、それを積み上げて小売価格を決めるような仕組みをつくると、競争的な市場で交渉により価格を決める「自由と公正」の前提を欠くことになる。いずれも独占禁止法に抵触するのではないか。
 小売からは、消費者には受け入れ価格に上限意識があり、それを超えると販売が減少するとの意見が多く、議論がまとまらないようである。どのような仕組みをつくろうとしているのか、枠組みが示されておらず、委員には戸惑いがあるようである。
 一方、牛乳では、以前にフォーミュラの指標が提案され、コスト指標が交渉に使われているが、議論の場で共有されていないようである。何が必要で、何ができて、何ができないか、詰めた議論が必要である。

消費者(生活者)が適正な価格で購入できる基盤を整える必要

 消費者は、小売店の価格をみても、生産者が適切な報酬を得られているかどうか、わからない。したがって、価格に占めるコストや報酬を示して理解を得ることは大切である。しかし、それだけでは買う力は生まれない。主要先進国で最低水準となっている給与を引き上げ、経済状態を改善することが、何よりも重要である。
 そのことを、JA全中・JA全農さらに各地のJAを含めた農業界、また食品産業界からも、ぜひ社会や企業に発信していただきたい。農林水産省からの発信も必要ではないだろうか。
 適正な価格形成については、『農業と経済』2024年冬号※に論稿を書いたので、あわせて参考にしていただければ幸いである。

季刊『農業と経済』 | 英明企画編集株式会社 (eimei-information-design.com)

新山陽子

新山陽子 にいやま・ようこ

京都大学名誉教授。1952年生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。2017年まで京都大学教授、2022年まで立命館大学教授。主な編著書に、『フードシステムの構造と調整』『農業経営の存続、食品の安全』『消費者の判断と選択行動』(昭和堂、2020年)、『牛肉のフードシステム―欧米と日本の比較分析』(日本経済評論社、2001年)など。

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