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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

「衣食住」の「変化」を素直に眺めてみましょう

三石誠司 宮城大学教授

さまざまな「誤解」

 少し雑談から始めたいと思います。
 大学教員は学生達のように長い休みが取れると誤解されます。そう、全くの誤解です。少なくとも過去18年の自分の生活を振り返るとそのようなことはありません。世間一般とほぼ同じです。
 ちなみに、現在の多くの大学では学生達が楽しめる一番長い休暇は冬から春先にかけてです。夏休みはお盆の手前から9月下旬までの1~1.5か月程度ですので、2か月ほどの休みが取れる冬から春先の休暇が最長です。
 皆さんの中にも、夏休みが最長と考えていた方がいるかもしれません。かなり前から状況は変化していますので、そこはご留意願います。
 こうしたわずかな「誤解」は日常生活の各所、農業や食、そしてJAの世界も同様のようです。ある時点ではひととおり知識を習得したと思っても、多くの知識はまたたく間に陳腐化します。相変わらず同じパターンで仕事をするとどうなるかは言うまでもありません。
 一例ですが、今でもエクセル・ファイルを関係者にメールで送付し、参加可能な日程に〇×をつけて返信するような方法に出会うことがあります。笑い話ではありません。いろいろな理由をつけてこうした手間のかかる手法は生き延びるものです。多分、新卒の職員から見たら、本当に別世界に生息する別人種のように見えるのでしょう。要注意です。
 さて、昔から「衣食住」と言われましたが、例えば「衣」はどうでしょうか。

「衣類」の自給率

 人は裸で生まれてきますが、その後は死ぬまで衣類を身に着けます。その衣類もかつては自らあるいは国産の原材料で作ることが普通でした。ただし、現代社会では既製品の購入が当たり前です。衣類は繊維から作りますが、その原材料は何でしょうか。
 綿花や羊毛などです。ただし、現代人の場合、大半はポリエステルやナイロンなどの合成繊維です。原材料はもちろん石油です。当然、ほとんど国内生産はありません。
 国内で販売されている衣類の輸入品割合を輸入浸透率と言うようです。日本の衣類の輸入浸透率は97%(2015年)という数字が検索するとすぐに見つかります¹。実に、自給率3%です。同じサイトには先ほど述べた綿花、羊毛、石油の輸入率が出ていますが、綿花100%、羊毛100%、石油97%が輸入と示されています。日本の食料自給率がとてつもなく高く見えるような数字ではないでしょうか。
「衣類が無くても生きていけるが、食べ物は生存に不可欠」と思われたとしたら、これも誤解です。現代人は衣類が無い生活など考えられないはずです。気が付いたら「衣食住」のうち「衣」は完全に輸入依存、これが残念ながら現実の姿です。

1 (一社)産業環境管理協会 資源・リサイクル促進センター「日本の衣類の輸入浸透率」「1.衣類生産の現状」「衣・食・住の資源循環・3R」https://www.cjc.or.jp/school/d/d-1-1.html#sec01 (2024年3月11日確認)

「住」はようやく反転

 悪い話ばかりではありません。慣用的には「衣食住」ですが、ここでは「住」を先に見ます。食料自給率と似た用語に木材自給率という言葉があります。かつての日本は豊富な木材に恵まれていました。林野庁の資料を見ると、1960年代初期の木材自給率は8割以上ありました。それが急速に低下し、2002(平成14)年に最低の18.8%まで低下したことがわかります²。
 その後、木材自給率は少しずつ上昇し、2022(令和4)年までに率では倍増、何と40.7%にまで回復しています。これは意外と知られていません。
 日本の家屋はほぼ国産の木材という時代に育った方もいれば、圧倒的に輸入木材が中心の時代の方、あるいは鉄筋コンクリートのマンションなど、住環境も大きく変化しています。一人ひとりの生まれた頃、そして社会に出て仕事を始めた頃の常識(イメージ)と、現在の状況は世代により大きく異なります。過去20年を見ただけでも、国産材の増加に加え、輸入燃料材需要など興味深い変化が生じています。
 多くの方々にとって、例えば住宅の購入は一生のうち数えるほどしかありません。言いかえれば製品寿命は数十年単位です。人生のどこかで身に付けた古いイメージのままに意思決定をしている方は、意外に多いかもしれません。住宅も商品の購入である以上、情報の更新は不可欠です。
 なお、住宅用建材だけでなく外壁や屋根、庭の使い方なども過去20年でかなり変化しています。農村部に行くと、昔からある古い家屋と最近の分譲住宅では、もう別世界の風景のようなところもあります。

2 林野庁「参考資料-木材需給の推移等」https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/kikaku/attach/pdf/230929-1.pdf (2024年3月11日確認)

「食と農」の変化を見据えて

 最後に「食」、「農」、そして「JA」を考えてみましょう。
ほぼ10年前の2013(平成25)年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されました。これ自体は喜ばしいですが、あのような和食を毎日食べる日本人は圧倒的な少数派でしょう。それでも現代日本人の多くは日本的な食事として、例えば「ご飯、みそ汁、魚、野菜」などを思い浮かべるかもしれません。私自身もこうした食事が好きです。
 ただし、多忙な朝はパン、昼はおにぎり、夜だけは何とか…という日も珍しくありません。写真集の中にあるような非日常的な食事はおろか、現実は単品のみの日すらあります。とくに都市部ではこうしたニーズは世代を問わず高いはずです。
 今後、私達が本当に考えるべき大きな課題のひとつは大所高所の議論では詰め切れないこうした状況に如実に現れています。企業や組織に働く数多くの方々の誰もが忙しい中で、それなりに栄養成分が満たされている「食品」の摂取ではなく、精神的にも満たされる「食事」をどこで誰が提供するのかという現実的ニーズがあります。これには生産者だけでなく組織としてのJAの対応が求められます。
 生産者組織として良い農畜産物を作り誰かに販売するのはもちろんですが、それだけでは不十分です。最終消費からリサイクルに至るまでの循環したフードシステムの流れをどこまで積極的に担うことができるか、それが今後のJAの大きな課題であり可能性のひとつではないでしょうか。

三石誠司

三石誠司 みついし・せいじ

1960年生まれ。東京外国語大学卒業後、全国農業協同組合連合会(JA全農)入会。飼料部、総合企画部、米国全農組貿株式会社筆頭副社長などを経て2006年、宮城大学教授。博士(経営学)神戸大学。
農林水産省食料・農業・農村政策審議会委員(2014~17)、財務省関税・外国為替等審議会委員(2015~ )などを歴任。
著書に『空飛ぶ豚と海をわたるトウモロコシ 穀物が築いた日米の絆』(日経BPコンサルティング 2011年)など。

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