食・農・地域の未来とJA
持続可能な農業のために必要なこと
1. 小さな有機農業で人と自然、人と人の在り方を問い直す
東京郊外にある人文・社会科学系大学で30年以上、教養必修科目「生活園芸」を担当してきました。1年生全員が1週間に1コマ90分、自ら大地を耕し年間10品目以上の野菜と花を栽培、収穫・利用する授業です。この教育農場では1994年から「循環」「共生」「多様性」をベースにした有機農業が実践されています。この授業により学生たちの食べものに対する意識、人と他の生き物(草や虫など)との関係、人と人(共同作業を行った仲間)との関係等に明らかな変化が見られました。「苦手だった虫が気にならなくなった」「自分が野菜を育てたことで親や祖父母と会話が弾むようになった」「農家のことを考えるようになった」「食べものを残せなくなった」「野菜嫌いでも自分が育てた野菜は食べることができた」という類のものから、「野菜の購入先や選び方変わった」「マイバッグを持つようになった」等々。中には畑で出会った多様な生き物(草や虫など)にも役割があることを知り、自分にも何か役割があると思えるようになった等、自己肯定感が高まったことを示すものもありました。
同様の変化は社会人向けの公開講座の受講生の間でも起きています。2024年度から学生募集が停止され、農場実習を行う学生は非常に少なくなりました。しかし今、農場では80人を超える社会人が生活園芸の授業を追体験したいと公開講座に参加し、小さな有機農業を楽しんでいます。多くは社会の第一線で活躍している現役世代であり、卒業生や農業従事者もいます。ここで人と自然の関係を再確認し、持続可能な農業や持続可能な社会について、それぞれが見つめ直す中で、マインドセットに変化が起きた、農場に来ると元気になるといった声が聞かれます。つまり、都市部にあるこの小さな農場が食べ物生産の場だけでなく、参加者同士の交流、参加者が安堵感や希望を見出すための共有の場、すなわち「コモンズ」となっているのです。
2. 日本の気候特性、風土を生かした農業生産方式、フードシステムの構築を
農業はその土地の気候風土と密接に関係します。アジアモンスーン気候に属する日本は、年間降水量が多く、植物の生育期間中に雨が降るという点で、大規模な灌漑農業が行われているカリフォルニアやオーストラリア、ヨーロッパなどの地域、すなわち年間降水量が少なく、冬に雨が集中している所とは大きく異なります。日本農業は草との戦いの歴史だったとよく言われます。しかし、厄介者扱いされることが多い落ち葉や雑草も、適正に管理して土に還せば、土が良くなり、自然循環作用を最大限活用できます。
2023年、埼玉県武蔵野地域が「武蔵野の落ち葉堆肥農法」で世界農業遺産に登録されました。今世紀になってFAOが設立したこの認定制度は、農業が生み出しているものは生産物だけでなく、景観や人々の暮らし、生物多様性、持続可能性など、多面的な視点で伝統的な農業生産方式を評価・認定するものです。落ち葉を集めて堆肥をつくり畑に施し、作物を栽培するという、日本の伝統的な農業システムが世界に認められたのです。
化学肥料や農薬等の農業資材の多投や大型農機の使用を前提に推進されてきた近代化農業は、規模拡大によって生産効率の向上が見込めるとされてきました。しかし、近年、農業が地球環境へ高い負荷を与えていることが明らかになり、日本でも「みどりの食料システム戦略」が策定され有機農業等の推進等、農業政策に大転換が起きています。その一方で、これらの農業資材やその原料の多くを輸入に依存している日本は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻やアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃などの影響を大きく受け、その脆弱性が問題となっています。
私が住む山梨県の峡東地域も果樹園に自生する雑草を活用した草生栽培が農業における生物多様性増進に寄与していることが評価され、2022年「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」で世界農業遺産に認定されました。私の家では半世紀以上前から雑草草生栽培や畑を耕さない不耕起栽培を実践しています。刈った草をそのまま敷くことで土が肥え、草の根が土を耕し、土はとても柔らかく、そこには多様な生き物が棲む環境ができています。生育期間中に雨が降らない地域では、草も生えない代わりに、作物の生育に必要な養分や水を与える必要があります。一方、日本のように生育期間中に雨が降るところでは、草を育て活用することで様々な効用が期待できます。つまり、日本は再生可能な自然資源に恵まれているのです。この特性に目を向け、それを生かした技術体系を構築する必要があります。
3. 食料問題は生産問題だけでない、食べる人と作る人の協働を
「作る人」と「食べる人」の距離がどんどん離れています。それだけでなく、意図的に分断されている状況もあります。しかし、農業にふれ、自分で作物をつくって食べる体験をすることで、前述したように食べる人の意識は大きく変わります。令和の米騒動で米の値段が上がり大問題となりましたが、「米農家の時給は10円」という農家の叫びを聞き、今の米価は安すぎる、自分たちの食べものを作ってくれる生産者を応援しなければ大変なことになると、危機感を抱く都市の消費者も増えています。
これまで食料問題は生産者の問題、農業問題とされてきました。しかし、持続可能な農業のためには、個別の生産技術や生産体系だけでなく、生産、流通、販売、消費までの全過程を見直す必要があります。作り手と食べ手が分断されるのではなく、両者が互いに相手の状況を理解して、協働して生産、流通、販売、食べ方を持続可能な方法に組みかえていく。いくら環境負荷を低減した技術で生産された農産物であっても、それを生み出す農山村の存続が危ぶまれるようでは持続可能といえません。また、食べものが単なる金儲けの手段として生産・販売されるのでは、作り手と食べ手の協働とはいえません。
今世紀に入り、農村部に住む人よりも都市部に住む人の割合が多くなりました。これは人類史上初めてのことであり、都市部への人口集中は今も進んでいます。しかし、農村は都市がなくても存続できますが、都市は農村なしには存続できない、このことは考えてみればわかると思います。これまで以上に都市と農村の協働が必要であり、農業・農村の理解者、応援団を育てることが喫緊の課題である時代となりました。一人でも多くの人が小さな有機農場で、自分で畑を耕し、食べものをつくって食べてみる。そうすれば、農業は食べものを生産するだけでなく、人が生きていく上で大切な知恵や空間をもたらしていることを体験できます。人は食だけでなく、農がなければ生きていけない、農へのアクセスは基本的人権です。
4. 農業者のためのJAから、農業者と生活者のためのJAへ
農村部を中心に国民の暮らしと生活を支えてきたJAですが、都市生活者が増えた今、総合商社的な幅広い事業展開が可能であるJAの強みを生かした新たな事業が展開されることを期待しています。例えば、都市部に都市生活者が有機農業を体験できる場をつくり、それを地方の有機農業振興につなげていく。都市農地がヒートアイランド現象を抑制し、生物多様性を増進する機能を発揮できる、人にも環境にもやさしい新しい都市農業、すなわち環境再生型都市農業の研究・開発・社会実装など、時代に即した公共性が高い新規事業を期待しています。