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JAグループ全国機関のトップに、若手時代のエピソードをシリーズで伺います。
歩んできた経験を通して、JAグループをより知る“Start”にしていただければ幸いです。

家の光協会の伊藤清孝会長 後編

業務経験から面白さを発見/JAで働く魅力は 「人との関わり」

JAトップたちの若手時代を聞く
 JAグループは、全国約1,000万人の組合員に向けて多彩な事業を総合的に展開し、日本の食と農、そして地域社会を支えています。本企画では、JAグループ全国機関のトップたちに、シリーズで自身の若手時代のエピソードを伺っていきます。
 仕事を重ねながら歩んできた経験に触れ、JAグループをより知っていただく“Start”にしていただければと思います。
 前回につづき、主に月刊誌『家の光』を発行し、JAグループの出版・文化団体として、農業・農村文化の向上を目指し多様な文化事業を行っている家の光協会の伊藤清孝会長にお話を伺いました(前編は6月から公開中)。

業務経験から面白さを発見

 信用部門での勤務は30年に及びました。わたしの農協人生は信用事業とともにあったといっても過言ではありません。合併を繰り返し、最後は28支店を抱えるまでになったJAの信用部門の長も務めました。まったく想像していなかった展開でした。
 20代後半には融資部門に配属されましたが、貸し出す判断は非常に難しい業務でした。融資ニーズは多様で、使い道もさまざまです。不安を抱えて相談に来る人が多い中で、その心情を察しながら適切に対応することを心がけました。こうした姿勢を続けるうちに、頼って訪ねてくれる人も増えて信頼関係を築けるようになりました。結果として融資部門に最も長く関わることになりました。
 業務の面白さにも気づきました。事務手続きの際に、学生時代に学んだ民法の条文をあらためて読み直したところ理解が深まり、次第に興味が湧いてきたのです。理論立てて業務を進めることが本当に楽しくて大好きでした。実務を通じて得た考え方は、今も役立っています。
 苦労もありました。貸付金の回収では、さまざまな人間模様に向き合うことになります。支払いが滞っていた先輩農家に対し、担保となっていた農地を手放してもらうよう説得したこともありました。つらい場面でも使命感を持って臨まなければならない。こうした経験を通じて養った精神力は、その後の農協人生の全てにつながっています。

20代後半。地元の仲間とバンドを組んで演奏(写真中央)

27歳から始めた草野球

JAで働く魅力は「人との関わり」

 仕事を離れて夢中になったスポーツや音楽活動も大きな支えになりました。もともとバスケットボールに親しんでいましたが、JAに入った後は先輩に誘われて草野球を始め、27歳から50歳ごろまで続けました。さらに、バレーボールやバドミントンも地域のチームで約10年取り組みました。
 歌とギターも大好きで、20代後半まで地元の仲間とバンドを組んで、500~600人の観客を前にオリジナルの曲を披露したこともあります。その後も趣味として自宅でアコースティックギターを弾いていましたが、3、4年前にバンドを復活させました。実はメンバーの一人が地元JAの組合長です。仕事と無関係に始めた活動でしたが、縁というのは不思議なものです。地元に残ったからこそ築けたつながりです。
 JAグループは、まさに「つながり」によって成り立つ組織です。家の光協会も、出版・文化事業を通じて人と人をつなぐ役割を担っています。こうした地域に根差した仕事をするのはパソコンではなく、人です。時代は変わっても、人と関わることがJAの魅力であることに変わりありません。

家の光協会の伊藤清孝会長
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