Start:
歩んできた経験を通して、JAグループをより知る“Start”にしていただければ幸いです。
日本農業新聞の港義弘会長 前編
JAグループは、全国約1,000万人の組合員に向けて多彩な事業を総合的に展開し、日本の食と農、そして地域社会を支えています。本企画では、JAグループ全国機関のトップたちに、シリーズで自身の若手時代のエピソードを伺っていきます。
仕事を重ねながら歩んできた経験に触れ、JAグループをより知っていただく“Start”にしていただければと思います。
今回は、日本で唯一の日刊農業専門紙であり、食と農の総合情報メディアとして、またJAグループの情報受発信センターとして国内外の農業情報を発信している日本農業新聞の港義弘会長にお話を伺いました(前編8月、後編9月公開)。
わたしのStartは「父の仕事観」
わたしの原点には、父の仕事観があります。父は復員後、地元のJAに勤めており、幼い頃からJAの役割や仕事に対する考え方を折に触れて聞かされて育ちました。その価値観は、進路を選ぶ際の大きなよりどころとなりました。
東京での学生生活を終え、出身地の香川県に戻り、中央会に就職しました。兄姉が皆県外で働いていたこともあり、わたしは地元に戻ることを決意。父の教えや考え方も踏まえ、中央会を選びました。
若手時代は、さまざまな分野を経験しました。最初に所属した経営監査部門では、農協監査士の資格取得に向けて勉強に打ち込みました。合格後は総務部門へ異動し、職員の給与や農林年金、社会保険といった実務を担当しました。さらに農政広報部門では、日本農業新聞に掲載する記事の編集補助や、普及推進活動にも携わり、JAグループの活動を情報発信する役割も担いました。
その後、再び経営監査部門に戻り、法律や税務なども担当、一通り分かってきた30代半ばからJAコンサル(経営指導)に携わることになりました。
現場主義で築いたコンサル経験と成長
若手時代を振り返ると、最も印象に残っているのは、このJAコンサルの経験です。
当時、県内45JAの約半数を担当しました。日々、自宅から直接各JAへ出向き、それぞれの課題に向き合う毎日でした。「事務所への出勤は月1回でよい。とにかく現場でJAの課題解決に力を尽くしてほしい」という上司の言葉どおり、現場中心の働き方でした。
JAを訪ねると、本当にさまざまな課題が出てきました。債権回収、労務管理、経理指導、規程整備など、その範囲は幅広く、JAごとに異なります。勤務時間の自由度が高い半面、職場で先輩と議論する機会が少ないため、課題をどう解決すべきか、自ら調べ、時には弁護士や税理士ら専門家にも相談しながら、コンサル業務に臨むことを繰り返しました。
実は大学時代はそれほど勉強熱心ではありませんでした。しかし、仕事で直面する課題は、自分にとって学びの機会と捉えて向き合いました。法務、会計や税務、人事労務といった知識がつながり始めると、次第にJA全体の仕組みや経営の流れが見えてくるようになりました。
この気づきを得られたのは、現場に足を運び、多くの人と直接接しながら仕事をしたからだと思います。机上ではなく、現場の空気を感じながら経験を積む中で、いわゆる「経営感覚」のようなものも自然と身に付いていきました。
振り返れば、こうした実践と経験の積み重ねこそが、自分自身を成長させてくれた最大の要因でした。そして、この若手時代に培った知識や感覚は、その後の仕事においても確かな支えとなりました。