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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

食料安全保障からみた日本のお米と田んぼ

小川真如 (一財)農政調査委員会専門調査員

田んぼの半分でお米を作る時代

 日本の食卓を支えるご飯。そのお米が作られているのは、田んぼ全体の約半分(56%)です。近い将来、半分(50%)となるでしょう。
 皆さんは、お米を作らない田んぼが「半分もある」と感じるでしょうか。それとも、「半分しかない」と感じるでしょうか。
 食料安全保障を考えるときには、「半分もある」と「半分しかない」という両方の視点を持つことが重要です。
 いま、日本では、お米を作らなくてよい田んぼが「半分もある」のですから、お米以外の食料を作る場所として田んぼを使うことができます。
 一方、お米を作っていない田んぼは「半分しかない」ため、お米を作ろうにも現状の2倍の面積までしかすぐに増やせないという限界があります。私たち一人一人が普段の2倍以上のお米を食べようとするだけで、たちまち田んぼが足りない状況に陥るのです。
 普段、日本人の3分の2は、お米は1日1~2食だけ、あるいはほとんど食べないといわれており、1回で食べるお米の量も減っています。自然災害や社会情勢の急変などが起きれば、日本人全体として普段よりも2倍以上のお米を食べるようになることも十分想定されます。
 しかも、お米が作られていない田んぼは、お米が作りにくい田んぼが少なくありません。また、肥料原料や燃料などが輸入しにくくなれば面積当たりのお米の収穫量は減ってしまいます。全ての田んぼでお米を作る必要がある事態に陥ったときには、同じ1kgのお米を作ろうにも、現在と比べてより広い田んぼが必要です。
 日本のお米には、お米を作らなくてよい田んぼが「半分もある」という現実と、「半分しかない」という現実、これら2つの現実があるのです。

お米という主食に戻れる安心感

 お米を作っていない田んぼが多いことは、お米をあまり食べなくなってしまった日本人にとって、いざというときにお米という主食に戻れる安心感につながっています。
 稲穂たなびく広大な平野、狭い山間に沿って作られた細長い田んぼ、山間部に雄大とそびえる棚田……全国各地にお米を作る人々と技術があり、それだけでなく、いざというときにお米を作る余力のある田んぼが全国各地にまんべんなく残されている状況は、日本の食料安全保障からみて最も重要な社会的財産の一つです。
 売れるお米を作ることに専念することは重要ですが、お米を売るのが得意な地域だけに産地が偏り過ぎている社会は、局地的な自然災害や社会的混乱に対して脆弱ぜいじゃくな社会でもあります。
 国内の消費に応じたお米作りを目指すとき、普段の消費者が求めるお米だけでなく、自然災害や社会的混乱によって消費が急変した場合も対応できるような状況を、バランスよく実現していくことが重要です。
 いざというときにお米という主食に戻れる安心感を提供している農作物の一つとして、エサ用のお米(飼料用米)があります。制度上、人間は食べてはいけませんが、同じ米ですから栄養成分としては人間が食べても問題ありません。しかも飼料用米には収穫量が多い品種があります。飼料用米が全国各地で作られていることは、いざというときに収穫量の多い種もみをまいて育てる準備が全国各地でできていることを意味しています。
 飼料用米に対して多額の補助金を出してきた国は、自らの政策への責任を果たすためにも、飼料用米が持つ食料安全保障上の意義を十分に強調すべきでしょう。

行き過ぎた「田んぼの畑地化」は食料安全保障の脆弱化を招く

 近年、海外依存の高い麦、大豆などの生産を増やすにあたり、「田んぼの畑地化」が強力に推進されています。畑作物である麦、大豆などを作るため、田んぼを完全に畑にすることは有力な手段です。とはいえ、いざというときにお米をすぐに作れる田んぼを減らしてしまうため、行き過ぎた「田んぼの畑地化」には注意が必要です。
 輸入に依存しがちな食料を作ることは、食料安全保障の目的ではなく、あくまで食料安全保障を確保するための手段の一つです。いざというときにお米を作れる田んぼが「半分しかない」状況で、こうした田んぼを守ることや、すでに荒れて所有者ですら場所が分からないような田んぼ、用水の確保がままならない田んぼを食料安全保障の確保に組み込む方策など、食料安全保障の確保に向けた多様な手段を戦略的に組み合わせていくことが求められています。
 輸入に依存しがちな食料を、お米を作らない田んぼで作れば、生産技術や食料自給率を向上できます。そして、それだけでなく、いざというときには、田んぼでお米を作り、輸入に依存しがちな食料を畑で速やかに作れる体制を確立していくことも重要です。

日本農業には独自の協議会「農業再生協議会」がある

 日本では、お米が足りつつも、国民の食料安全保障などのために田んぼを守ってきた半世紀上の歴史があります。その歴史の中で生まれた組織の一つに、行政やJAなどによる協議会「農業再生協議会」があります。全国に約1,500組織あり、地域ごとに水田の将来ビジョンを策定するなど、農業振興に貢献しています。
 農業再生協議会でカギを握るのは、主な構成員として活躍するJAです。各地域では、①地域ごとにJAが策定する「地域農業振興計画」、②農業再生協議会ごとに策定される水田の将来ビジョン、③農業・農地のあり方を展望する「地域計画」など、農業に関する各種方策は重層的に設計されています。こうした各種方策を、現場実態に基づいて融和的・連動的に取りまとめることができるのはJAをおいてほかにはない、という地域は少なくありません。
 お米を作らない田んぼが「半分もある」という視点と、「半分しかない」という視点を両方持ちながら、新たな将来展望を地域に指し示すJA職員には、地域社会の振興のみならず、国民全体の食料安全保障からみても大きな期待が寄せられています。

小川真如

小川真如 おがわ・まさゆき

島根県出身。2009年東京農工大学農学部卒業、2017年早稲田大学大学院修了。修士(農学)、博士(人間科学)、専門社会調査士。2017年より(一財)農政調査委員会専門調査員。著書に『日本のコメ問題』『現代日本農業論考』『水稲の飼料利用の展開構造』等。

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