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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

地域農業の振興と協同組合(JA)が果たす役割

板橋衛 北海道大学大学院農学研究院教授

多様な農業者による地域農業の振興

 JAグループは、持続可能な農業・地域共生の未来づくりの確立のために、多様な農業者を地域農業の担い手として位置づけ、それぞれの経営体を支援していく方針を打ち出している。その具体的な取り組みを地域段階で進めていくために、各JAが地域農業振興計画を策定して数値目標などを定めて方針を明確化して実践していくことが、第29回JA全国大会決議(2021年)で確認されている。こうした方針は従来からも示されてきたが、人口減少社会が現実のものとなり、縮小していく地域経済の中において、地域農業・社会の維持・振興のためにJAが主体的に取り組むことがこれまで以上に重要な課題となってきているためである。特に、多様な農業者を地域農業全体の振興の中で組み入れて具体化することは、協同組合組織であるJAの真骨頂を示すことである。

地域農業振興に取り組んできたJA

 系統農協の運動方針として地域農業振興計画の策定・実践を示したのは第14回全国農協大会(1976年)であり、第15回全国農協大会(1979年)で決定した「80年代対策」の中でより明確に位置づけられる。それは、①米の生産調整面積の拡大を前提とした水田利用再編対策、②兼業農家を含めた集落全体の農地利用権の調整、③農産物の需給調整への取り組みを地域レベルで促進するための運動である。国の政策の変化を背景としているが、系統農協組織としての独自スタンスで地域の農業政策を進める方針を明確に示す目的があった。これ以前の営農団地造成運動においても国の構造政策とは一線を画した方針を示していたが、画一性が否めなかったことへの反省があり、主体的に責任を持って地域農業のあり方を検討してその改善を図ることを自らに課したのである。
 地域農業振興計画を策定して実践した農協では、地域特性と市場の需要に見合った農産物の生産振興や地域独自の集団的農用地利用秩序の形成などが図られ、地域農業の再編を随伴した取り組みが進められた。農産物の輸入自由化枠拡大や農産物需要の停滞が見られる中ではあるが、当時の系統農協組織の実践てびきや主体的に取り組む各地域・農協の実践報告からは成果を期待して挑戦する高揚感が伝わってくる。今日につながる農産物のブランド産地や地域独自の集団的土地利用などは、こうして形成されてきた成果であることをあらためて実感する。

営農指導事業の展開とJA経営

 地域農業の振興にはJAを中心とした地域農業関係者の創意工夫が必要であるが、農業生産現場の最前線に位置するJAの営農指導事業が直接の責任を担うことになる。JAの営農指導事業の役割は多岐に渡っているが、①生産技術指導(作目対応)、②農業経営指導(経営対応)、③産地形成指導(市場対応)、④地域農業再編指導(地域対応)に大まかには分けられる。そして、地域農業振興計画の策定・実践にはこれらの要素を体系的に組み合わせたきわめて高度な総合的機能発揮が求められる。地域農業振興を進める運動を通して、JAが営農指導員の増加を伴った営農指導事業の拡充を図ってきたのはそのためであり、その成果が結果となって現れていた。
 こうした経緯もあり、営農指導事業がJA事業の基礎的部分であるという認識は、今日において疑う余地はないと思われる。2001年の農協法改正からは営農指導事業は第一事業に位置づけられており、法的にはJA事業の中で最も重要な事業といえる。とはいえ、その財政基盤はJAの他の事業、特に信用・共済事業に依存している。そのため総合的に事業を行うJAの経営状況によって、その事業体制のあり方は影響を受けてきた。そして、近年においても気になる動向が確認できる。
 下記の図は、総合農協統計表で公表されている部門別損益計算書から作成したものであり、このデータが示された2004年度からの推移である。農業関連事業管理費は、「経済事業改革」の関連で2000年代後半に減少するが、「自己改革」期では積極的に維持されているとみられる。他方、営農指導事業管理費は近年減少傾向が顕著である。これら2つの事業は2004年度より1割ほど管理費が減少しているが、全体の事業管理費に占める割合は5ポイントほど上昇している。JA全体の経営における農業関連事業と営農指導事業の負担感は大きくなっており、そのことが更なる営農指導事業管理費の縮小につながることが懸念される。

図:農業関連と営農指導の事業管理費に関する動向
資料:総合農協統計表

地域農業の振興と協同組合が果たす役割

 JA全国大会決議の中で地域農業振興計画の策定・実践を通した運動方針が示されるのは久しぶりのことである。1990年代中頃からは、JA長期営農計画や地域営農ビジョンの積み上げとしてのJAの地域農業戦略などの表記であり、地域農業全体に対する責任を明確には示せていなかったとみられる。系統農協組織再編の中でJA合併が繰り返され、現場段階では地域農業の概念が定まらなかったことに加え、WTO体制下における輸入自由化を前提とした農業政策の展開から地域農業振興計画の策定・実践への無力感も影響していたと考えられる。
 今回、地域農業・社会やJAを取り巻く情勢が厳しさを増す中で、あらためて地域農業振興計画策定に焦点があてられたのは、地域農業振興計画の策定と実践を通した農協運動のあり方が重視されたからとみられる。それは、「組合員との対話運動」をふまえた組合員の参画と意思反映を促進し、組合員との接点として重要な役割を果たしている営農指導事業の重要性を再認識することでもある。
 JAがこうした運動を進めるのは、JAの事業基盤が地域農業・社会にあり、地域全体に対しての責任を有しているためである。多様な農業者を地域農業の担い手と位置づけ具体化する取り組みは、まさにその実践であり、協同組合としてのJAの理念・アイデンティティーを示すことにつながる。地域農業振興計画の策定・実践を通した農協運動の成果を大いに期待する。

板橋衛

板橋衛 いたばし・まもる

1966年生まれ。栃木県出身。北海道大学大学院農学研究科修了後、北海道地域農業研究所、南九州大学園芸学部、広島大学大学院生物圏科学研究科、愛媛大学大学院農学研究科を経て、2022年1月から現職。主な著書に、『果樹産地の再編と農協』(筑波書房、2020年)、JA地域営農マネージャーテキスト『地域農業マネジメント』(全国農業協同組合中央会、2023年)がある。

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