食・農・地域の未来とJA
地域と共に築く持続可能な食と農の未来
食の生産から消費、廃棄までのフードシステムは、地域の持続可能性に大きな影響を与えている。国連環境計画のレポート(2021)によれば、地球上の居住可能な土地の約半分が農業に使用されており、農業による生物多様性の損失への影響が大きいことが指摘されている。気候変動問題においても、食料生産から廃棄に至るまでのフードシステムにおける温室効果ガス排出量は全体の約3分の1を占めている。またフードシステムのグローバル化により、地域の食料生産活動が衰退し、農村人口の減少、過疎化が進む中で、地域の食の生産と消費行動の再考が必要である。
農業の多面的機能
農業・農村の持続可能性が危ぶまれている一方で、その重要性が再認識されている。農業・農村は生態系サービスを提供し、「農業の多面的機能」や「里山」という概念で整理されている。農業の多面的機能には、以下の役割がある。
1. 洪水を防ぐ働き: 農地は雨水を一時的に貯留し、ゆっくりと川に流すことで洪水を防止する役割を果たしている。
2. 土砂崩れや土の流出を防ぐ働き: 耕作された田畑は、土砂崩れや土の流出を防ぎ、地すべりを防止する。
3. 河川の流れを安定させ、地下水を涵養する働き: 田畑に貯留した雨水は地下水を涵養し、豊かな水源を維持する。
4. 生物のすみかになる働き: 田畑は多様な生物の生息地となり、多様な生物を保全する。
5. 農村の景観を保全する働き: 農業活動は美しい田園風景を形成し、「ふるさと」の景観を保全する。
6. 文化を伝承する働き: 農業活動を通じて地域の伝統文化が受け継がれる。
7. 暑さをやわらげる働き: 田の水面や作物の蒸散により、空気が冷やされ気温上昇を抑える効果がある。
8. 癒しや安らぎをもたらす働き: 農村は心と体をリフレッシュさせる場を提供する。
9. 体験学習や教育の場としての働き: 環境教育や農業体験の場として活用される。
(農林水産省HP「農業・農村の有する多面的機能」より)
「里地里山」という用語は、この多面的機能を表すために広く使われており、環境省は里地里山を「原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、農地、ため池、草原などで構成される地域」と定義している。生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、この里地里山の保全と持続可能な利用が議論され、SATOYAMAイニシアティブが採択された。日本政府は国連大学と連携し、世界的に「里地里山」の概念を普及させ、保全政策を進めている。農業・農村の多面的機能を理解し、これを支える取り組みを進めることが、持続可能な社会を築く鍵となる。
持続可能に寄与する農業
農業の生態系や気候変動への影響の問題が明らかになるにつれ、1980年代にアメリカを中心に従来の集約的な農業手法の見直しが始まった。最初は環境保全を目的とした議論が中心であったが、1983年にロバート・ローデイルが提唱したリジェネラティブ農業(環境再生型農業)の概念により、環境保全に加えて、自然の生産力を高める再生農業の必要性について論じられるようになった(Robertson 2015)。一方で、自然と共生する伝統的な農法にリジェネラティブ農業の根源があるとも指摘されている(レインフォレスト・アライアンス)。
また農業の社会的側面として、農家の収入減少、小・中規模農家の減少や消滅、農村コミュニティの悪化が問題となり、農村コミュニティの健康と農家の幸福が議論されるようになり、経済的・社会的な幸福が農村・農業の持続可能性において重要な側面であることが指摘されている(Robertson 2015)。
持続可能な食・農における消費者の役割
消費においては、地球の持続不可能性に影響を及ぼす商品を購入せず、持続可能性を促進する消費行動に転換する必要性が高まっている。SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」は、持続可能な消費と生産パターンの転換を目指しており、生産と消費のライフサイクル全体を通して天然資源や有害物質の利用および廃棄物や汚染物質の排出を最小限に抑えること、生産された食料の約3割が廃棄されている現状の量を減少させ、生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させることを目指している。
このような背景の中で、「エシカル消費(倫理的消費)」が注目されている。エシカル消費は、日本では消費者基本計画において「地域の活性化や雇用なども含む、人や社会・環境に配慮した消費行動」と定義されている。国際貿易の伸展と商品の生産や流通のグローバル化に伴い、商品の生産や流通における社会や自然環境への影響が消費者から見えにくくなっている。エシカル消費は、商品のライフサイクル全体を可視化し、社会や自然環境に配慮した商品を選ぶことで、消費者それぞれが社会的課題や環境問題の解決を考慮し、取り組む事業者を支援しながら消費活動を行うことを目指している。
エシカル消費の視点としては、環境に配慮されたもの、生物多様性に配慮されたもの、適正価格で取引されたもの、地産地消によるエネルギー削減や地域活性化につながるもの、被災地の特産品を消費することで経済復興を支援できるもの、障がい者支援につながる商品などが挙げられる(消費者庁HP「エシカル消費とは」より)。
エシカル消費を促進するためには、購入する商品がエシカルなものであるかを判断する情報と分析が不可欠である。消費者が商品を購入する判断材料として、第三者機関により認証されている FSC、MSC、ASCなどの認証ラベルがある。これらの仕組みを活用することで、消費者は持続可能な商品を選択し、持続可能な食・農の実現に向けた重要な役割を果たすことができる。
地域の活動と食の生産現場を知る重要性
認証ラベルによる商品購入の判断もあるが、より消費者が生産現場を知る方法としては、生産者を直接理解することである。食と農に関する地域の活動や生産者主催の体験・交流イベントに参加することは、食の生産現場を理解する良い機会である。立命館大学食マネジメント学部では、滋賀県高島市や甲賀市の農家と連携し、大学生が食の生産現場を訪れて学ぶプログラムを実施している。これにより、学生たちは実際の生産現場での経験を積み、食材の生産過程を深く理解することができる。


また、これらの取り組みを一般にも理解してもらうための動画を作成している。これらの動画は、食と農の現場を視覚的に学び、消費者が生産の背景を理解する機会を提供している。
食品の生産現場を訪れることが望ましいが、まずは動画を閲覧することから始めるのも良い。食の生産現場に関する多数の動画がインターネット上で公開されており、簡単にアクセスできる時代にもなったので、消費者はぜひ一度自分自身が食している食品の生産者を調べてほしい。こうした理解を通じて、持続可能な食と農の未来を共に築くための第一歩を踏み出すことができる。JAグループが提供する多様なイベントや活動を活用することも考えられる。食と農に関する理解を進めることで、持続可能な社会の創り手となることが期待される。
<参考文献>
Chatham House・UNEP, “Food system impacts on biodiversity loss” (2021)
https://www.chathamhouse.org/sites/default/files/2021-02/2021-02-03-food-system-biodiversity-loss-benton-et-al_0.pdf
農林水産省HP「農業・農村の有する多面的機能」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/
Robert Rodale, Breaking New Ground: The Search for a Sustainable Agriculture, The Futurist 17 (1) (1983): 15 – 20.
レインフォレスト・アライアンス
https://www.rainforest-alliance.org/insights/the-indigenous-roots-of-regenerative-agriculture/
G. Philip Robertson, A Sustainable Agriculture?, Daedalus, Vol. 144, No. 4 (Fall 2015), pp. 76-89
消費者庁HP「エシカル消費とは」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awareness/ethical/about