4. 生成AIのコーチングで組合員との対話・提案の質を高める
同JAがkintoneによるアプリ開発と併せて精力的に推進しているのが、生成AIの活用です。そのため、同JAは生成AIプラットフォームの開発・運用を手がけるイマジエイト株式会社と、JA職員向け生成AIプラットフォーム「報徳Hub」を共同開発しました。
報徳Hubは、既存の主流生成AIサービスに依拠し、その高度な知能を、JAの業務に特化したさまざまなアプリのかたちで活用できるようにしたものです。運用はイマジエイト社が担っており、報徳Hubを利用するJAは、基本的に契約アカウント数に応じた利用料を負担する仕組みとなっています。
報徳Hubには、現在、30超のアプリが実装されています。それらのうち、まず、一般性の高いアプリの機能として次のようなものが挙げられます。
・ 議事録の自動作成
・ 会議資料や組合員向け説明資料の自動作成
・ RAG(社内データとの連携)
・ 広報誌等の記事の自動作成
・ 画像生成
・ 財務諸表分析
・ OCR(印字・手書き文字を文字データとして読み取ること) など
対して、JAの業務に特化したアプリの機能としては、次のようなものがあります。
・ 渉外活動のロールプレイングおよびコーチングAI(資産運用ガイダンス編、アフターフォロー編など)
・ AI支店長やAI先輩職員による渉外活動のコーチング
・ 無限会話ネタ提供
・ メンタル面の相談対応を得意とするAI など
報徳Hubの特徴として、さまざまな情報を学習し続けている主流生成AIの知能を活用することが可能でありながら、職員が各アプリに入力した情報については同JA内限りのクローズドな取り扱いがなされるように作られているなど、情報の安全性に配慮がなされていることが挙げられます。加えて、RAG(社内データとの連携)により、JAの各種規程類や過去の財務諸表、経営計画といったデータを学習させることで、当該JAの現状やこれまでの経過を踏まえた回答を出力させることも可能となります。
JA横浜では、全職員がこの報徳Hubのアカウントを供与されており、各アプリを活用できる環境が整えられています。
議事録作成や会議資料作成などに報徳Hubを活用する職員は徐々に増えており、1か月で200万円超の人件費削減効果を上げ、生まれた余力を他業務に充てることが可能となっています。
また、JAに特化したアプリで、支店長や先輩職員による渉外活動のコーチングもよく利用されているといいます。このAI支店長とAI先輩職員にはあらかじめ性格が設定されており、それぞれ、支店長は「昭和の鬼上司をイメージした厳しい性格」で「ロジカルに指導することが得意」、先輩職員は「経験豊富で優しい先輩」で「後輩の成長を促すフィードバックが得意」とのこと。筆者には意外だったのですが、両AIを比べると支店長の方がより活発に利用されているとのことでした。時に(あるいはAI相手だから?)熱血指導を期待する職員は、案外少なくないのかもしれません。
JA横浜は、この報徳Hubが他JAにも活用され、JAが共通して抱える課題の解決に結びつくことを期待しており、現時点で7JA(JA横浜を含む)が導入済み、8JAがトライアル中となっています。
さらに、趣旨に賛同するJAの共創の場として「報徳コミュニティ」を設け、報徳Hubの活用方法や新しいアプリの要望・アイデアなどについて、月に1回、オンラインによる情報・意見交換会を開催しています。参加の条件は、傍観者ではなく、DXの実践者・発信者・挑戦者であること。ここにはイマジエイト社も参加しており、報徳Hubのアプリについて出された要望やアイデアの一部は、イマジエイト社による報徳Hubの改善・開発に反映され、アプリとして利用JAへと提供されています。
5. DXを経営戦略と捉え、人づくりのあり方を見直す
ここまで、JA横浜で導入・活用されているさまざまなデジタル技術について見てきました。ここでは、同JAのDX推進にかかる組織体制と、組織への浸透に向けた実践を見ていきます。
同JAでDX関係の業務を中心的に担っているのは、経営企画本部DX戦略室と総務部システム課です。
まずDX戦略室には、職員7人とITプロランサー4人が配置されています。同室は、デジタル技術導入・活用についての各部門とのコミュニケーションや、導入するデジタル技術の検討、各部門への普及などを担っています。そのため、同JAのDX推進に当たっては、角田ゼネラルマネージャー・波多野次長をはじめとする同部のメンバーが各部門への働きかけを行ってきました。
「DXの推進について、各部門では抵抗感が少なくありませんでした。デジタル技術の導入によって仕事のやり方を大きく変えなければならなくなるので、消極的になるのは当然だと思います。その場合も、“どうすれば協力してもらえますか”と条件を引き出し、譲歩もしながら話し合いました。導入できても部門職員が腹落ちしなければ自走は難しいため、あらゆる会議体に出て、動画を使って分かりやすく説明し、受け入れてもらえるよう対話を重ねました」(角田ゼネラルマネージャー)
DX推進に関わって、DX戦略室には4人のITプロランサーが配置されています。「プロランサー」とは、「プロフェッショナル」と「フリーランサー」を組み合わせた造語であり、ITやマネジメントについて高度な専門性を有している人材に、短期間の契約でDX推進のための業務の一部を委託しています。4人のうち3人は高度なアプリなどの開発を担うシステムエンジニアであり、1人はDXのための施策の立案・実行をサポートしています。
このITプロランサーは、必要に応じて角田ゼネラルマネージャーとともに各部門へ出向き、アプリへの要望を聴き取るなどコミュニケーションを重ねています。高度なスキルを備え、かつJA外部の目線に立てる人材が携わっていることは、DXの推進において効果的に作用しているといいます。加えて、役員の理解があったこともDXの推進を後押ししました。
DXを支えるもう一つの部署が、総務部システム課です。同課は、ITインフラ管理やネットワークの保守、電算機器の導入、情報センターとの連絡調整などを担っています。DXには多くのデバイスが必要であり、同JAではPCだけで1,200台超が稼働しています。新しいデジタル技術を導入すれば、それに関する問い合わせや初期不良への対応といった業務が発生するものであり、デバイスが大量である分、対応にかかる業務負荷は並大抵のものではなかったはずです。DX戦略室の前述の仕事が「攻め」であるとすれば、システム課は「守り」の面でDX推進を力強く支えているといえます。
加えて、同JAは各課の職員2人ずつを「ITリーダー」に任命し、課内のデジタル技術に関する不明点などはまずITリーダーが対処することとしており、このITリーダーも「守り」の一翼を担っています。
同JAのDX推進が軌道に乗っている要因の一つには、このように、性格の大きく異なる攻めと守りの役割をDX戦略室とシステム課とで切り分けた上で、両者が緊密に連携し合う体制が築かれていることがあるでしょう。
「デジタル技術の中でも生成AIについては、導入すると職員が自分の頭で考えなくなるのではないか、と他JAの方からよく尋ねられます。これに関しては、何も手を打たなければ確かにそうなる部分もあるかもしれません。JAは、AIに使われる職員ではなく、AIを使いこなす職員を育てていく必要があります。そのためには、DXに合わせて人事・教育制度も変えていく必要があります」(角田ゼネラルマネージャー)
角田ゼネラルマネージャーのこの指摘には、DXを単体のテーマ・施策として扱うのではなく、経営戦略そのものと捉える必要があることが含意されているでしょう。
その上で、生成AIが業務に浸透していく中で、協同組合であるJAの職員にこれまで以上に求められるのは、組合員とその営農・くらしに意識を向け、寄り添おうとすることだと考えられます。JAのDXの成否は、DXによって生じた余力のどれだけを、組合員との対面接点の創出や対話・提案の強化に投じられるかにかかっているのではないでしょうか。