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地域の元気を生み出すJA

〜第30回JA全国大会決議実践初年度を迎えて〜

誰もが暮らしやすい地域をつくる

―JA小松市女性部が牽引する「くらし・地域活性化」活動―
小川理恵 一般社団法人日本協同組合連携機構(JCA) 基礎研究部長 主席研究員

 2023年の11月、国連総会は2012年に続き、2025年を2度目の国際協同組合年にすることを宣言しました。
 JAグループは、持続可能な地域社会をつくる日本の協同組合の取り組みについて、認知を高めていく絶好の機会として捉えてまいります。
 今後、「協同組合」についての関心が高まることが想定される中、全国各地で「協同組合の力」を発揮しているJAの取り組みを紹介します。

1. はじめに~和やかな正月を襲った地震被害の中で

 今から約2年前、厳しい寒さながらも穏やかな時間が流れていた2024年の元日、能登半島地方をマグニチュード7.6・最大震度7の地震が襲った。人的被害(死者)は、2025年12月25日時点で、石川、富山、新潟3県で計698人(直接死228人、災害関連死470人)に上り、住家被害は、浸水や一部破損なども含めて3県に福井を加えた4県で計約16万5,000棟に及んだ。2年以上が経過した今なおその傷は癒えることはない。
 地震発生当時は、停電や断水、交通網の寸断などが広範囲に発生し、避難を余儀なくされた地域住民は5万人を超えた。被災自治体が開設した避難所数は最大1,500か所以上となった。
 能登半島地方が甚大な被害に見舞われる中、能登半島から少し離れた加賀平野の中央に位置するJA小松市において、女性部が牽引けんいん役となって、被災者に寄り添った支援活動をいち早く展開し、多くの避難者の心の支えとなったことが報告されている。

2. 今できることは何かを見極めて実行された「2次避難所訪問活動」

 県内各地で避難所が開設され始めたことを受け、JAとJA女性部は早速動き出した。電気も水道も遮断されている中、直接被災地に入ることは難しい。そこでまずは情報を集めることからスタートし、今どこで何を必要としており、自分たちに何ができるのかを検討した。
 しばらくして、管内の粟津温泉の複数のホテルに、数百人を数える被災者たちが2次避難してきているという情報がもたらされた。2次避難所となったホテルでは昼食として弁当が配布されるが、真冬の避難生活においては、特にお年寄りや子どもには温かいものが望まれるだろう。そこで、JA女性部が現場へ伺い、石川県の郷土料理「めった汁」を振る舞うこととして、ホテルへ提案を行った。「めった汁」とは、ダイコンやニンジン、サトイモやキノコ類、豚肉など、たくさんの具材を煮込んだ滋味豊かな汁物で、「めったに食べられないごちそう」という意味から名付けられたと伝わっている。ホテルからは「ぜひ来てください」という快諾を得ることができた。
 2024年2月2日、JAとJA女性部の合同支援として、1回目の2次避難所訪問活動が始まった。当日は、めった汁100食と、こうじの甘酒、白菜サラダ、ゼリーを準備し、避難者だけでなく、各地から集まったボランティアメンバーにも提供し、たいそう喜ばれた。

JA女性部員手作りのめった汁に、避難者の心も温まった

 1回目の訪問活動はJAとJA女性部の合同支援のため、費用はJAが負担したが、2回目以降の訪問活動では、JA女性部員を対象に募金を実施し、メンバーから集められたお金を資金として全てを賄った。めった汁を中心に、手作りのおはぎや、伝統料理の「柿の葉寿司」など、JA女性部が手がけた料理や菓子のレパートリーは多岐にわたる。
 避難者は着の身着のまま、ヘリコプターで救出された人なども多かったため、JA女性部では、洋服や新品の下着なども寄付で集めた。また、避難者は日中時間を持て余しており、そうしたときにふと心配事を思い出して落ち込むこともあるだろう。そこで少しでも気が紛れるようにと、毛糸・編み棒などの手芸用品や、塗り絵と色鉛筆、折り紙など、女性らしい心遣いが発揮された多数の物品がメンバーから提供された。思いのこもったそれらの支援品は、2次避難所に設けられた「憩いの場」に並べられ、避難者に、必要なものを自由に持ち帰ってもらうこととした。
 「5月末には、七尾市まで入れるようになり、七尾市のコミュニティーセンターで芋煮鍋の炊き出しと柿の葉寿司を振る舞いました。でもそのときに見た避難所の仮設トイレの惨状に衝撃を受けたんです。この経験は必ず生かさなければならないと思いました。そこで今年度のJAまつりで開催した、JA女性部主催の防災コーナーで、段ボールで作る簡易トイレと凝固剤の備え付け、そして携帯に便利な防災ボトルの持ち歩きを、実感を込めて呼びかけました」。そう話すのは、JA小松市女性部長を務める中田由利香さんだ。被災地では想定外のことも起こる。七尾市では当時まだガスが復旧しておらず、卓上型の電磁調理器を使用したところ、調理に予想以上の時間がかかり苦戦したそうだ。
 2次避難所訪問では、うれしいこともあったという。「柿の葉寿司をお渡しした車椅子のおじいちゃんが、不自由な体で食後にわざわざ私たちの元に戻ってこられて、『今まで食べた柿の葉寿司の中で一番おいしかったよ』と言って涙を流されたんです。私たちメンバー全員が泣きました。また、何もしなくてもいいから、ただ被災者の話に耳を傾けることも、大切な支援になるということも知りました」(中田さん)
 2次避難所訪問は、2月初旬から6月末にかけて、延べ10か所のホテルや施設で、9日間・24回(1日に複数か所の開催あり)にわたって実施された。JA女性部からは107人、青壮年部からは5人が参加し、募金額は18万2,157円に上った。

柿の葉寿司などの伝統料理がふんだんに盛り込まれたお弁当。故郷を思い出し涙ぐむ被災者もいた

学ぶことが多かった、七尾市での2次避難所訪問活動

3. 豪雨災害支援でも「学んでから行動する」という基本理念が発揮

 2次避難所訪問の経験の積み重ねから、同JA女性部では「まずは状況をよく調べてから行動に移す」ことや、「相手の心に寄り添う活動を行う」という基本的な考え方が育まれた。
 そうした学びは、その後、2024年9月に再度能登半島を襲った豪雨被害の支援においても、いかんなく発揮されることとなった。
 水害発生後、JA事務局とJA女性部が、社会福祉協議会やJA石川県中央会に直接出向き、どこに避難所が開設され、今何が求められているのかをまずは聴き取った。すると水害のため被災地では何よりも多数のタオルを必要としていることが分かった。そこでJA女性部全体に声を掛け、段ボール箱に約100箱ものタオルを集めることができた。寄付されたタオルは、防災士の指導のもと、泥を拭くのに適した古いタオルと、真新しいタオルを仕分けし、箱詰めを行った。中に何が入っているのかが一目で分かるように、同じ大きさの箱を同じ方向に並べて積んでいくという方法も学び、被災地が求める形でのタオルの提供が実現した。
 このように、学びと行動が連動したJA女性部の支援活動は、能登半島地震被害と奥能登豪雨被害の2度にわたり、多くの被災者の心の支えとなり、地域になくてはならないJAとしての存在感を示す突破口となった。

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