食・農・地域の未来とJA
大学生による食を通した地域振興の実践
「食」はすべての人の共通項
職場の同僚や友人と食べ物の話で盛り上がったことはないでしょうか。あそこのお店のあの料理がおいしいとか、あの地域ではこんな食べ方をするとか、驚きや新たな発見もあり、おおいに会話が弾むことでしょう。
「食」はすべての人の共通項といっても過言ではありません。健康な人であれば食べない人はおらず、日々生きる上で不可欠な活動が、食べるという行為です。栄養学の母と称される香川綾は、「食は生命なり」という言葉を遺しましたが、食が人間にとって根源的な存在であることを教えてくれています。
誰にでも共通し、また根源的である「食」には、多様な立場の人が関わることができます。こっちの方がおいしそうとか、もっと甘い方が好きとか、立場や地位を超えて意見を言い合うことができます。皆が意見を出し、関わることができるのが、食の特性です。だからこそ、「食」は人と人をつなぎ、地域を活気づけることもできます。そんな考えから、私は栄養学を学ぶ大学生とともに、食を通した地域振興に取り組んでいます。
食を通した地域振興とは?
地域にはさまざまな資源が存在します。たとえば、山、川、農地、農産物から、技術、文化まで多岐にわたります。とりわけ地域で採れた農産物(一次産品)や地域特有の調理法・食べ方(食習慣、調理法、郷土料理)等の食資源を活用して地域を振興する取り組みを「食を通した地域振興」と定義します。
わが国の農村地域に目をやれば、この取り組みに該当するものを挙げることができます。農産加工施設や農産物直売所、農家レストランなどがその例です。それらの取り組みが核となり、地域振興に寄与する例も存在します。しかしそうした取り組みも、高齢化や後継者不足により、活動が停滞・縮小しつつあるのが現実です。
そこで、大学生の若い力を生かして地域振興に寄与できないかと考え、ゼミの学生たちと具体的な実践活動を始めました。ここではその一例をご紹介します。
埼玉県三芳町における「みよし野菜」を使用したレシピ開発および弁当開発
埼玉県三芳町は、世界農業遺産にも認定された「武蔵野の落ち葉堆肥農法」を実践する農業地域です。木を植え、落ち葉を堆肥にして土壌に還元する伝統的な農法が、江戸時代から360年以上も続けられてきました。
町内の若手農業者で組織する「みよし野菜ブランド化推進研究会(事務局:三芳町役場観光産業課)」では、町内農産物を「みよし野菜」としてブランド化し、さまざまなPR活動に取り組んでいます。その一つに、みよし野菜を使用したレシピ開発事業(癒しのレシピ事業)があり、2019年度より女子栄養大学平口ゼミがレシピ開発に協力しています。具体的には、毎年11月の埼玉県地産地消月間にあわせて、本ゼミの学生がみよし野菜を使用した弁当のレシピを考案し、そのレシピをもとにJAいるま野が運営する農産物直売所「あぐれっしゅふじみ野」にて弁当が商品化され、期間限定で販売されるというものです。
商品化までの主な流れは、①大学生による生産者の圃場見学・農産物直売所見学・製造業者との打ち合わせ(7月末)、②大学生によるレシピ考案(8月~9月末)、③関係者を集めた試食会(10月中下旬)、④店頭販売(11月)となっています。①の圃場見学では、炎天下で生産者のお話を聞き、収穫体験もおこないますが、農業生産の苦労と収穫の喜びを実感する貴重な機会になっています。また生産者の野菜づくりへの思いを直に聞き、その思いを商品企画に反映できるように努めています。
2024年度は、10名のゼミ生が2チームに分かれ、2種類の弁当を開発し、店頭にて販売されました。一方のチームは、ターゲットをファミリー層とし、親子で楽しく食べられることをコンセプトとして、「みよし野菜の魅力発見!えがお満彩弁当」を考案しました。みよし野菜の中から、枝豆や人参など、計8品の野菜を使用することを想定しました。もう一方のチームは、ターゲットを60代男女に設定し、日常に新たな彩りをそえることをコンセプトとして、「いろみよし!うまみよし!まんかい弁当」を考案しました。こちらはみよし野菜の中から、里芋やさつまいもなど、計7品の野菜を使用することを想定しました。また、どちらの弁当も、主食、主菜、副菜がそろい、野菜がたっぷりで食塩の摂り過ぎにも配慮した食事である「スマートミール(注)」の条件に適合するように分量を調整しています。
「いろみよし!うまみよし!まんかい弁当(右)」
2種類の弁当は、11月中の14日間、あぐれっしゅふじみ野店頭にて、計420食販売されました。6年目の取り組みということもあり、毎年の弁当販売を楽しみにしてくれているお客様もいらっしゃり、盛況のうちに終えることができました。
コーディネーターの重要性
この取り組みで重要な役割を担ったのは、研究会事務局=三芳町役場観光産業課です。農業生産者、製造業者(JA)、大学との調整をおこないながら、事業を円滑に推進するコーディネーターを務めました。もしコーディネーターがいなければ、取り組みがうまく進まず、途中で頓挫する可能性もあります。そのため、食を通した地域振興にはコーディネーターが欠かせません。
ここでは行政(町役場)がコーディネーターとなりましたが、他にも公益性をもつ主体がその役を担うこともできます。たとえば観光協会や商工会、JAが挙げられます。JAはこの取り組みでは製造業者として関与していましたが、プロジェクトを推進するコーディネーターになることもできます。JAは、農産物はもとより、直売施設・女性部等が培ってきた加工技術や、地域で築いてきた人的ネットワークを有します。そうした有形・無形の資産を活用しながら、コーディネーターとして地域の事業者、行政、市民、教育機関等を巻き込んでいけば、食を通した地域振興を実現できることでしょう。
今後に向けて
以上、大学生による食を通した地域振興の実践事例からコーディネーターの重要性を指摘しました。今後の地域社会を展望すれば、さらなる人口減少や高齢化等、マイナス要因はありますが、食が人と人をつなぎ、地域社会の活性化につながるように、大学も一つのアクターとして貢献できればと考えています。
注:一般社団法人健康な食事・食環境コンソーシアムによる認証制度。https://smartmeal.jp/