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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

「国消国産」こそ食料安全保障

鈴木宣弘 東京大学大学院教授

「国消国産」で食料自給率向上を

「国民が必要とし消費する食料はできるだけその国で生産する」ことこそが、食料安全保障の意味する本質であり、それは「食料自給率の向上」を意味する。これがJAグループが提起している「国消国産」という考え方である。

「クワトロ・ショック」(コロナ禍の物流停滞、中国の食料輸入の激増〈爆買い〉、異常気象の通常気象化による不作の頻発、ウクライナ紛争)が襲いかかり、食料やその生産資材の海外からの調達への不安が深刻の度合いを強めている今こそ、「国消国産」の重要性が増している。特に、最近、中国は、不測の事態に備えて、14億人の人口が1年半食べられるだけの穀物備蓄をするとして、国内の増産と世界的な買い付けも増やしている。
 かたや、我が国の備蓄はコメ中心に1.5か月分、頑張っても2か月分が予算的な限界かのように言われている。コメは減産を重ね、700万トン台になっているが、日本の水田をフル活用すれば、1,200万トン以上生産できる。
 今こそ、武器購入に何十兆円をかけるなら、コメなどの増産・備蓄にもっと財政出動して、米粉や飼料米も含めたコメのフル活用と備蓄積み増しに財政出動して、国民の命を守る基盤を強化すべきではないか。

価格転嫁をどう進めるか

 しかし、我が国農業に目を向けると、肥料、飼料、燃料などの暴騰にもかかわらず農産物の販売価格は上がらず、農家は赤字にあえぎ、廃業が激増しており、「国消国産」に欠かせない日本農業が縮小のスピードを増している。
 農産物の価格転嫁問題が大きな課題になっている今、令和5年度「JA研究賞」を受賞した拙著『協同組合と農業経済~共生システムの経済理論』は、「価格転嫁ができないのは『価格が需給で決まる』からでなく、不当な買い叩き圧力があるからだ」と明らかにし、どの程度買いたたかれているかも数値で「見える化」し、独禁法を厳格適用すべき対象は農協でなく小売サイドであることを示した。
 そして、JA共販によって、例えば、コメでは1俵約3,000円、牛乳では1kg約16円の生産者価格向上効果が発揮されていること、消費者価格は抑制していることを実証し、JA共販の役割の重要性とその一層の強化の必要性を明らかにした。
 折しも、25年ぶりの食料・農業・農村基本法の見直しが行われている。不測の事態にも国民の命を守れるように国内生産への支援を早急に強化し、食料自給率を高める抜本的な政策につながる方向性が求められているが、「自給率向上」という文言が条文には見つからない。
「有事新法」をつくり、有事には農家に強制的な作目転換を命じてサツマイモなどを増産するとしているが、それができるには、今、コスト高で苦しんでいる農家をどう支えて食料自給率向上を図るかが先に議論される必要があろう。農家に支払われるべき価格と消費者が支払える価格にギャップが生じている今、関係者に価格転嫁を求めるだけでなく、国民の食料を守るために農家の赤字を補填ほてんする政府による直接支払いもしっかりと議論して実現しないと現場がもたない。

地域循環的に農と食を支える「ローカル自給圏」

 そして、「国消国産」は、地域地域からの自分たちの力で自分たちの農と食を守る取組み、つまり「地消地産」の強化の積み重ねで実現されることを忘れてはならない。「農業消滅」が加速してしまったら、物流が止まれば、国民の食料がなくなるが、農業の崩壊で関連産業も農協・生協も地域の政治・行政も地域そのものも存続できない。今こそ、協同組合、市民組織など共同体的な力が自治体の政治・行政と連携して地域で奮起し、地域のうねりを国政が受け止めて国全体のうねりにする必要がある。
 地域の種を守り、生産から消費まで「運命共同体」として地域循環的に農と食を支える「ローカル自給圏」(小谷あゆみさんの表現)のようなネットワーク、システムづくりが有効である。1つの核は学校給食の地場産農産物の公共調達である。全国で取組みが始まっている。代表的な事例は、千葉県のいすみ市の市長が有機米を1俵2万4,000円で買い取ることで有機給食を実現したケースである。
 さらに、筆者が話をさせていただいたセミナーで、京都府の亀岡市の市長が有機米を1俵4万8,000円で買い取ると宣言し、会場の農家から歓声が上がった。こうした取組みが広がれば、農家は出口と価格が確保でき、子供を守るというやりがいも持って取り組める。この流れが加速されれば、地域に好循環が生まれる。JAグループがローカル自給圏構築の核になろう。
 農家と住民一体化で耕作放棄地は皆で分担して耕す仕組みも重要である。母親グループが中心となって親子連れを募集して、楽しく種き、草取り、収穫して耕作放棄地で有機・自然栽培で小麦づくりし、学校給食を輸入小麦から地元小麦に置き換えていった実践事例もある。「生産者」と「消費者」の区別のない「一体化」(トフラーのprosumer)で、共に作り、共に食べる仕組みづくりが各地で拡大している。農家だけでなく、地域の消費者も取り込んだ農業振興の仕組みづくりの核になるのもJA組織である。
 直売所やマルシェも全国的に増加し、地元農家の安全・安心な自慢の農産物が適正な価格で評価される役割を果たしている。大手流通規格の制約を受けないから、見栄えをよくするための無駄な農薬を減らした農産物生産にもつながる。直売所間の転送システムを充実することによって直売所販売による農家収入の飛躍的増加に成功した事例もある。JAグループによる直売所販売のネットワーク化による一層の拡大にも期待したい。
 まず、現下の農業危機に早急に対処すると同時に、世界的な土壌の劣化・水や資源の枯渇・環境の破壊に加え、輸入途絶リスクの高まりと世界的な消費者の減化学肥料・減化学農薬を求める潮流からも有機・自然栽培の方向性を視野に入れた国内資源循環的な農業の展開への取組みを急ぐことも求められている。
 しかし、耕地の99.4%を占める慣行農家と0.6%の有機・自然栽培農家は対立構造ではない。安全で美味おいしい食料生産へのおもいは皆同じである。生産資材の暴騰下でも踏ん張ってくれている農家全体を支援し、かつ国内資源を最大限に活用し、自然の摂理に従った循環農業の方向性を取り入れた安全保障政策の再構築が求められている。
 こうした流れの中で、消費者の求める食料を、より安全・安心で美味しい国産で提供していけるように、JAグループの取組みの強化に期待したい。

鈴木宣弘

鈴木宣弘 すずき・のぶひろ

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1958年生まれ。三重県出身。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務した後、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授などを経て、2006年9月から現職。主な著書に『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書、2022年)、『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021年)、『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文春新書、2013年)がある。

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