食・農・地域の未来とJA
命をつなぎ、心を温める「災害時の食」
はじめに
2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
9月1日は、台風や地震などの災害への心構えをする「防災の日」として1960年に制定されました。一方で、阪神・淡路大震災が発生した1月17日は「防災とボランティアの日」、東日本大震災が発生した3月11日は「防災教育と災害伝承の日」とされるなど、災害に関連する記念日は複数あります。いつ来るかもしれない災害に備え、自らのリスクマネジメントを見直す機会としたいものです。
地震や台風などの自然災害が頻発する日本では、大規模災害が発生すると、水道、電気、ガスといったライフラインや物流が途絶し、食料供給が深刻な影響を受けます。非常時における「食」は、単にエネルギーを摂取して命をつなぐためだけのものではありません。食べ慣れた食事や温かい料理は、過酷な状況に置かれた被災者の心身の健康を支え、復興に向けた前向きな気持ちを育む重要な役割を果たします。そこで、日頃から無理なく実践できる食の備えと、衛生的に温かい食事を作るための具体的な方法について紹介します。
過去の災害が教えてくれた「食」の現実
過去の大規模災害を振り返ると、時間の経過や地域の特性に応じて、さまざまな「食の課題」が浮き彫りになっています。阪神・淡路大震災や東日本大震災では、広域にわたる物流の停滞によって、発災直後には乾パンやおにぎりなどの炭水化物中心の食事が続きました。その結果、ビタミンやミネラル、たんぱく質の不足が深刻化し、口内炎や便秘、体力低下などの二次的な健康被害が報告されています。
また、避難所以外での車中泊や在宅避難を選択する人が増えたことで、支援物資の配分に偏りが生じるという課題も明らかになりました。能登半島地震では、半島という地理的条件に加えて広域断水が発生し、水の確保が極めて困難になりました。水が使えない環境では、食事の準備だけでなく衛生管理も難しくなり、脱水症や感染症のリスクが高まります。
さらに、近年の局地的な豪雨災害では、1階部分に保管していた備蓄品が浸水したり、孤立した地域で食料が不足したりする事例も報告されています。これらの事例から、「支援物資だけに依存していては、発災直後の健康と安全を十分に守ることは難しい」という現実が見えてきます。
なぜ「温かい食事」が被災者の生きる力を支えるのか
避難生活において、冷たい非常食ばかりが続くと、被災者の精神的な負担は大きくなります。一方で、温かいスープやご飯は、生理面と心理面の両方に良い影響をもたらします。
一般的に、人は強いストレスを受けると、自律神経のバランスが乱れ、食欲の低下や消化機能の低下を引き起こしやすくなります。温かい食事は身体を温め、食欲の維持や消化を助ける効果が期待できます。
また、温かい食べ物には安心感をもたらす効果があり、被災者の心理的な負担を軽減することが報告されています。「温かいものを食べる」という行為そのものが、不安を和らげ、明日への活力を支える大切な時間になるのです。
日常生活の中に組み込む「ローリングストック」
災害時に温かく栄養バランスの取れた食事を確保するためには、日頃からの「ローリングストック(日常備蓄)」が基本となります。これは、普段食べている食品を少し多めに購入し、古いものから消費しながら、減った分を買い足していく方法です。一般的には、最低3日分、可能であれば7日分の食料と水を備蓄することが推奨されています。備蓄品を選ぶ際には、主食だけでなく、栄養バランスも意識することが大切です。

また、停電が発生した場合でも、冷蔵庫や冷凍庫の食品を無駄にしない工夫が必要です。冷凍庫の開閉をできるだけ控えることで、停電後も一定期間は低温を維持できるとされています。発災後は、傷みやすい冷蔵庫内の食品を優先して消費し、その後に冷凍食品、最後に常温保存できる備蓄品を利用することで、限られた食料を効率的に活用できます。
水と熱源を節約する「ポリ袋調理」と「発熱剤」の活用
限られた資源の中で温かい食事を作る方法の一つが、「ポリ袋調理(パッククッキング)」です。これは、耐熱性のある高密度ポリエチレン製の衛生的な袋に食材と調味料を入れ、袋ごと湯せんして加熱する調理法です。

ポリ袋調理には、次のようなメリットがあります。
・節水と衛生管理:鍋を汚さないため、湯せんに使用したお湯を再利用できます。また、皿にポリ袋をかぶせて盛り付けることで、食器を洗う手間を減らせます。
・同時調理と栄養保持:一つの鍋で、ご飯、煮物、スープなど複数の料理を同時に調理できます。また、うま味やビタミンなどの栄養素が流出しにくいという利点があります。
・アレルギー対応と交差汚染の防止:個別の袋で加熱するため、食物アレルギーに対応した食事を安全に調理できます。また、食材同士の接触を防ぐことで、二次汚染のリスクも低減できます。
例えば、ポリ袋に米と適量の水を入れ、30分程度湯せんすることで、温かいご飯を調理できます。
さらに、カセットコンロ用のボンベが不足した場合や、火気の使用が制限される場所では、「発熱剤」の活用も有効です。酸化カルシウム(生石灰)と水の化学反応によって発生する熱を利用し、火や電気を使わずにレトルト食品やパックご飯を温めることができます。ポリ袋調理と組み合わせることで、限られた環境でも温かい食事を確保しやすくなります。
「食・農・地域」がつながる未来の防災
災害時の食支援をより充実したものにするためには、個人の備えだけでなく、地域社会との連携が欠かせません。物流が途絶した状況では、地域の生産者がつくる地場産物や、大量調理設備と衛生管理のノウハウを持つ学校給食センターが重要な役割を果たします。平時から「国消国産」の考え方を通じて地域農業を支え、自治体、給食センター、生産者、地域住民が連携しながら、非常時の炊き出し訓練や食料供給シミュレーションを実施しておくことが重要です。
日常の買い物の延長として備蓄品を更新すること、災害時をイメージしてポリ袋調理を実際に試してみること、地元の食材に関心を持つこと。こうした日々の小さな実践の積み重ねこそが、いざという時に自分と大切な人の命を守り、地域全体で災害を乗り越える力になるのではないかと考えています。