文字サイズ

食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

日本の資源・食糧をめぐる課題

柴田明夫 (株)資源・食糧問題研究所 代表

 ウクライナ危機は、国際社会が多極化に向かっていることを改めて示す格好となった。それは、混沌こんとんとした世界情勢の「終わりの始まり」なのか、テクノロジーの進化にあや取られた「新産業革命の始まり」を意味するのか、今のところ見えてこない。一方、足元で広がる不安の背景にあるのは、生活必需品とりわけ食料(基礎穀物である食糧を含む食品全般)の十分かつ安定供給が脅かされつつあるという現実である。

浮き彫りになった2つの不安定要因
グレート・リプライシング(価格大調整)時代の到来

 ここ数年で2つの不安定要因が浮き彫りになった。
 一つは国際社会の分断だ。自由民主主義的な社会と専制権威主義的社会、北大西洋条約機構(NATO)加盟国およびそれにくみする諸国と非NATOのロシアや中国との分断であり、金融資産を所有する欧米日と実物資産(エネルギー、金属、食糧などの重要物質)を支配するロシア、中国、中東産油国との対立でもある。この世界の分断は、結果として、1990年代以降加速した「グローバリゼーションの終焉しゅうえん」、すなわち経済合理性だけを考えればよいとする時代の終焉をもたらすことになる。「グレート・モデレーション(グローバル経済の中で進んだ物価と金利の低位安定)」の時代は終わり、「グレート・リプライシング(価格大調整)」時代の到来とも言えよう。食糧、エネルギー、鉱物資源、サービス、人件費などあらゆるコストが上昇することになろう。
 こうした中、南半球の途上国・新興国を中心とする「グローバルサウス」は、戦争そのものとは距離を置き「中立」を保とうと努めている。しかし、それは混乱の中で「漁夫の利」を得ようとしている姿にも映る。これら国々は、食糧問題においても極めて脆弱ぜいじゃくであることが今回の戦争で明らかになった。
 もう一つは、気候危機、脱炭素の潮流である。世界では台風、豪雨・洪水、干ばつ、山火事など異常気象による自然災害リスクが拡大している。国連世界食糧計画(WFP)「世界の食糧不安の状況(Hunger Map LIVE)」によれば、2021年に世界の8億2,800万人が飢え(栄養失調)を経験、53か国の1億9,300万人が急性食糧難に直面。2022年12月末時点で、89か国の6億1,000万人が十分な食糧を得られない状況にある。こうした実情(「損失と損害」)に対し、国際機関は先進国の人々に対し支援を求めるようになっている。
 一方、2015年末のパリ協定以降の脱炭素の世界的潮流は、近年の人工知能(AI)の進化やデジタルトランスフォーメーション(DX)など、テクノロジーの進展と相まって、「新産業革命の到来」を期待する見方も多い。食料・農業分野においては近年、穀物メジャー、農薬・種子、化学肥料、農業機械などの多国籍アグリビジネスの再編統合が進む中、培養肉や代替肉などフードテック(FoodTech)への取り組みも増えてきた。果たしてフードテックは食料市場の救世主となるのか、フランケンシュタイン技術か定かでない。

食料安全保障に向けた議論
「補強者」、「つなぎ役」としてのJAの役割

 日本では、1999年に制定された食料・農業・農村基本法を見直す議論が昨年の秋から始まった。同基本法は、食料安全保障について「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」とし、そのために農業生産の増大を図ることを基本に、輸入と在庫を適切に組み合わせるとしている。しかし、これまで政府が進めてきたのは専ら「輸入」拡大であった。
 確かに、1989年に東西冷戦が終焉し、1995年に世界貿易機関(WTO)がスタートしたことで地政学的リスクは消滅し、「経済合理性」だけを追求すればよい時代に入った。企業は労賃など生産コストの安い途上国に工場を移転し、安価な大量のエネルギーを使って輸送し始めた。農業も世界的な適地生産が進んだ。その中で、日本は安価で良質な食料をいくらでも海外から調達することができた。開かれた市場、安価なエネルギーを前提にした「大きな流通」への依存である。その代償は国内農業の衰退=自給率の低下という形で表れることになった。
 しかし、この構図は新型コロナ禍に伴う物流網の寸断、地球温暖化(脱炭素)対応に加え、ウクライナ戦争などにより過去のものとなった。そもそも工業製品に比べて安価で長期保存が難しい食料は、極めて地域限定的な資源であり、「国消国産」すなわち「小さな流通」が基本であろう。農産物の輸出拡大も必要だが最終目標ではない。持続可能な農産物輸出体制を構築することで、日本の農業資源(人、農地、水、水源涵養かんよう林、地域社会など)をフル活用し、地域農業の活性化と持続可能な発展を達成することが最終目標である。
 今こそ、食料・農業・農村基本法を抜本的に改正し、食料生産の拡大に向け、国家予算、生産者、投資、研究開発などを集中させなければならない。国家や内外の大資本に対する拮抗きっこう力(カウンターパワー)として、JAなど農業関連団体の役割も重要である。
 JAは農業者(特に中小・家族経営など多様な経営体)の「補強者」、適正価格を実現する農産物市場への「つなぎ役」としての使命のほか、地方自治体と連携しつつ農村の持続的発展に向けた取り組みの先導役としての責務を担うものである。

G7農業大臣声明2023
「宮崎アクション」で語られないもの

 5月19~21日に広島を舞台に開催された先進7か国(G7)サミットに先駆け、宮崎市で開かれていたG7農相会合は4月23日、食料安全保障の強化に向け、農業の生産性向上と環境に配慮した持続可能な農業の両立に取り組むとした共同声明と行動計画「宮崎アクション」を採択して閉幕した。
 共同声明では、①ウクライナの農業再建や輸出支援、②農産物や資材のサプライチェーン(供給網)を多様化する、③既存の国内農業資源を有効活用し、貿易も円滑化する、④不当な輸出制限措置を回避、⑤生産性向上を通じ、農業・食料システム持続可能性を向上、⑥地元の環境・条件に合った手法で温室効果ガス削減、⑦農業・食料分野のイノベーション、などをうたっている。議長国である日本の提案で、新たな時代に即した農業政策を提言するための共同調査研究の開始も発表した。世界的な食料需給の変化を踏まえ、G7各国の研究機関が望ましい農業政策を議論し、他国やWTOなどに提言することを目指すとしている。いずれも穏当な提案ではあるが、いかにも総花的で議長国日本としての思い入れが感じられない。ここで語られていないものは何か。
 筆者が気になったのは、「持続可能な生産性向上のための実践的な措置」として、「あらゆる形のイノベーションの実施」をうたっている点だ。具体的には、「緑肥、輪作、不・低耕起栽培の利用、管理の行き届いた様々な牧草地の保全といった持続可能な農業慣行の促進や、作物栽培における、適切で安全かつ効率的な、地元の畜産セクターから調達した堆肥の使用といった地域の資源の効果的な活用により、達成する」というものである。
 一方で、「強じんで持続可能な食料システムのための更なるイノベーションと投資の重要性、民間セクターや関係者を取り込む必要性」を強調している。
 しかし、筆者にはにわかに農業のイメージが浮かんでこない。そもそも、「持続的な農業」と「生産性向上」「イノベーション」はトリレンマであって同時には成立しない。議長を務めた野村農林水産大臣は、「世界の食料需給が大きく変化する中、各国の農業政策はまさに歴史的なターニングポイント(転換点)にある」と訴え、農業の生産性向上と持続可能性を両立する新たな農業政策が必要と問題提起した。どうやら大臣の言うターニングポイントとは、従来のグローバル経済下でG7各国が追求してきた規模拡大―生産性向上―輸出拡大といった経済合理性だけを追求する農業政策が危機にあるとのようだ。
 しかし、世界の農業に求められているのは、多少生産性が劣っても地域の中小零細な家族経営に支えられた多様な農業の在り方に日を当てることなのではないのか。日本を含め、インド、アフリカなどを中心とするグローバルサウスの農業こそが、持続可能な農業の在り方であるのだ。

柴田明夫上岡美保

柴田明夫 しばた・あきお

1951年栃木県生まれ。東京大学農学部卒業。76年(株)丸紅入社。2001年丸紅経済研究所主席研究員。同所長、同代表を経て、11年10月資源・食糧問題研究所を開設し、同代表に就任。著書に「資源インフレ」(日本経済新聞出版)「『シェール革命』の夢と現実」(PHP研究所)など。

記事一覧ページへ戻る