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4. 部署間や外部組織と連携して担い手に対応

 担い手の経営規模拡大や多様化が進み、彼らが抱える課題は高度化・複雑化している。その解決に向けてJAが貢献しようとすれば、複数の部署と連携した対応が求められることも多い。日報の回覧は、そうした連携を円滑にする必要性から行われている。そしてもう一つ、同様の狙いで行われているものに「TAC担当者会議」がある。
 同会議は、全ての統括TAC・現場TACのほか、常務理事(営農経済担当)、営農経済部部長、同部経済課課長、同部米穀販売課課長、同部園芸販売課課長が出席し、毎月1回、本店で開催される。また、同JA以外からは、JA石川県中央会、JA全農いしかわの担当者が出席しており、場合によっては県・市の農業部署や農業資材業者にも出席を要請する。
 会議では、各TACの活動状況や課題を共有し、活動に苦慮しているTACへの助言等が行われる。加えて、各部署や外部組織から、担い手に伝えるべき情報の提供や、担い手対応に必要な知識のレクチャーが行われる。
 担い手対応で関係部署等の連携が重要であることは既に述べたが、同JAでそのコーディネート機能を担うのが統括TACである。彼らは日報の管理を通じて現場TACの活動を丁寧に把握しており、他部署等の協力が必要な案件が発生すると、その部署の担当者のもとを訪れ、助言を求めたり具体的な対応を依頼する。
 他部署や外部組織と連携した担い手対応の一例として、同JAのある現場TACは、担い手から“地域の集落営農組織(営農組合)で水稲の後に他作物を作りたい”との相談を受けた。そこで、水稲を早生わせ品種に変更し通常より早い8月に稲刈りを終え、ハクサイを栽培することを提案し、実際の栽培では同TACらが圃場ほじょうを巡回して技術指導を行った。次に、ハクサイの販路の確保が必要となったが、これはTACだけでは対処できない。そこで統括TACが園芸販売課に相談し、卸売市場や食品スーパーの紹介を受けた。商談の結果、食品スーパーが市場相場より高値で買い取ってくれることになり無事に販路も決まった。ところが、今度は収穫期等の人手不足が露呈した。短期のためアルバイトも集まらない。そこで、統括TACが地域の社会福祉法人に打診したところ、快諾が得られ、農福連携というかたちで働いてもらえることとなった。こうした経過を経て、現在はハクサイに加えてブロッコリー栽培も行われるようになっている。
「部署間の連携は最初から円滑に行えたわけではありません。まず担い手から聴き取った情報を共有することを始めて、担い手の課題について相談してみるようになって、できるところから協力して取り組んでみて……ということを少しずつ積み重ねてきました。そうした中で、“部署を越えて力を合わせると担い手へより良い対応ができ、事業利用にもつながり、どちらの部署にも良いことがあるね”ということが理解されてきたのだと思います。約7年をかけ、ようやく円滑に連携できる組織風土ができてきた、と実感しています」とJA金沢市の亀田常務は語る。

亀田英喜常務理事

JA全農が主催するTACパワーアップ大会2022で事例報告を行う。この大会でJA金沢市は最高賞を受賞

5. 現場TACの育成

 このように、同JAでは組織を挙げて担い手の課題解決に取り組むが、一方で担い手の満足度を最も大きく左右するのは現場TACの対応であるだろう。そのためTACの人材育成は同JAの重要課題の一つとなっている。
 まず、TACとして身につけておくべき知識や情報については、前述のTAC担当者会議でレクチャー等がなされるほか、各TACは自己研鑽じこけんさんも行う。
 こうした知識の習得も重要だが、より難度が高いのが担い手との関係構築である。特に、コミュニケーションに苦手意識を持つ新人TACは少なくないが、これについては経験がモノをいう部分も大きく、実際に訪問を重ねることが欠かせない。ただ、、経験の浅い新人TACが苦慮しているケースでは、先輩のTACが同行して会話のきっかけをつくるなど、担い手と打ち解けられるようサポートを行う。
 反対に、熟練TACの対応には参考になる点が多いことから、新人が先輩の担い手訪問に同行しその技を見て学ぶことも行われている。前述のTACシステムでは、TAC間で日報の閲覧が可能で、新人は同システムからも先輩がどのように訪問を行っているのかを学んでいる。

6. 広報活動の強化

 その一方で、同JAがTAC活動とともに力を入れるのが広報活動であり、2019年に広報部書としてふれあい推進部ふれあい課(現・総務部ふれあい相談課)を新設し広報専任の職員を配置して強化に取り組んでいる。
 広報に力を入れるに当たって、同課の広報担当者は、担い手の声やTACの対応を目で見て肌で感じ取るため、TACの担い手訪問への同行を重ねたという。また「JA職員は誰もが広報マン」との呼びかけを行い、JA広報誌等の話題を提供してくれる職員を増やすよう努めている。
 同課が運営するSNSやYouTubeでは、地域の農産物の魅力や、JAの農的な日常がユニークに発信されている。例えばYouTubeの公式チャンネル「ほがチャン」(ほがらか村チャンネル)の動画「【ブロッコリー】何がイイって鮮度がイイ!」(https://www.youtube.com/watch?v=IbA16zTY2zU)では、物々しい(?)BGMとともに、広報担当者がブロッコリー畑や集出荷場の取材を行う様子が映されている。集出荷場では、鮮度を保つため、箱詰めしたブロッコリーの上に氷を敷き詰めており、これが高鮮度の秘訣ひけつであることが語られる。

JA金沢市のYouTube動画より

 また、ふれあい相談課と園芸販売課とが連携して取り組む販売促進活動の一環として、2022年3月にはEXest株式会社による配信番組「日本全国 地産伝承 いき物語」に、JA金沢市五郎島さつまいも部会の会長と、ふれあい相談課の職員が出演、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんと共演し、サツマイモ「五郎島金時」やその焼酎の魅力を発信した。
 それらウェブ媒体に加えて、筆者が印象に残ったのは同JAの通常総代会資料である。一般に、組合員向けの資料である総代会資料は内容も誌面も硬いものであるが、同JAの総代会資料の初めには「カメラでみる令和3年度トピックス」が見開きで掲載されている。総務部企画管理課が作成するこの特集は、広報担当者が1年かけて撮影したさまざまな場面の写真でその年の事業や活動を振り返るもので、これがあることで職員や組合員の顔が見える総代会資料となっている。加えて、JA事業の成果指標として「令和3年度中に組合員の皆様にお戻しした金額」も自己改革工程表とは別に分かりやすく示されている。

「カメラでみる令和3年度トピックス」(総代会資料より)

「令和3年度中に組合員の皆様にお戻しした金額」(総代会資料より)

 また、情報の発信だけでなく組合員の声を聴くことにも力を入れる。その最たる例が本稿で詳述したTAC活動であり、他にも地区運営委員会等のさまざまな取り組みが行われている。
 それらの中でも特徴的なものの一つとして地区座談会が挙げられる。同座談会は10か所で開催されているのだが、JAからの事業報告は短い動画で簡潔に済ませ、組合員の声を聴き取ることに多くの時間が使われている。出された声には、その場で答えられるものは答え、それが難しいものについても後日必ず回答がなされる。
 もう一つ、特徴的な取り組みとして自己改革に関するアンケート調査があり、同JAの自己改革の取り組みに対する組合員の声を聴くため、2022年12月から2023年2月にかけて正准組合員1万2,000世帯を対象に実施され、現在、集計が行われている。

7. 組織基盤強化やJAファンづくりの正攻法

 これまで触れてきたTAC活動と、広報活動やその他の取り組みを改めてトータルで見てみると、JA金沢市は、組合員の声を聴き、それに応え、発信する、ということを実直に実践していることが分かる。
組合員の声を広く聴こうとするのが地区座談会やアンケート調査であり、地域農業の担い手に重点的に聴くのがTAC活動である。また、聴くだけでなく、できるものは生かす、回答する、ということも徹底されている。
 さらに、どんな声が寄せられ、どう対応したのかは、TACの日報の回覧によって広報担当者のもとにも必ず届くようになっている。そうした個別の声や対応以外にも、「誰もが広報マン」という呼びかけにより、JAが行うさまざまな事業・活動についての情報が広報担当者のもとに届き始めている。そして、それを広報担当者が広報誌やウェブ媒体などで精力的に発信している。
 YouTubeや総代会資料のように職員と組合員の顔が見える発信も行われ、「組合員の皆様にお戻しした金額」のように成果が組合員へ分かりやすく示されている。顔が見える発信のしかたはJAファンづくりに有効であり、分かりやすい成果の発信はJAの意義についての説得力あるアピールとなりうるだろう。
 このように、JA金沢市は組合員の声を聴き、応え、さらに発信する、ということに、丁寧に、かつ組織的に取り組んでいる。これらは結実までに時間を要するが、その分、強固な基盤を築きうる取り組みと考えられ、JAの組織基盤強化やファンづくりにおけるいわば正攻法といえる。地道な正攻法の継続は組合員の共感をますます高めていくはずである。

岩﨑真之介 いわさき・しんのすけ

1987年長崎県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程後期単位取得、博士(農学)。
2017年4月より一般社団法人JC総研(現・JCA)副主任研究員。著書に『マーケットイン型産地づくりとJA 農協共販の新段階への接近』(共著、2021年)など。

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