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物理的な「働きやすさ」にも力を入れる

 女性の働きがいや自信を創出する取り組みに力を入れる一方で、女性の物理的な「働きやすさ」にも着目し、必要に応じて改善している。その一つが始業時間の改正である。
 子育て中の女性にとって一番忙しいのが朝の時間だ。そこでこれまで農繁期には午前8時としていた始業時間を、一年を通して午前8時30分に後ろ倒しすることとした。このことを理事会で提案した際には、一部の農家の理事からは反対も上がったが、当時代表理事専務を務めていた志村裕子さん(2023年3月退任)をはじめとした常勤役員が丹念に説得を続け、組合長の強い後押しもあって実現した。出勤時間の後ろ倒しによって、家事や育児に携わる女性職員たちからは「朝の30分は他の時間帯の倍の価値があります。保育園へ子どもを送ってから無理なく出勤できるようになりました」との喜びの声が多く上がった。
 また、今後重要性がいっそう強まる介護休業についても、介護を必要とする家族1人につき3回、通算して93日間の範囲内を基本として取ることができるよう柔軟性を高めた。
 一方、育休・産休や介護休業については、制度の構築とともに、休職者の業務を誰が担うのかという問題や、代替した職員にどのように還元するかといった課題がある。そこを解決しないと、せっかく制度が整っていても、利用する側に遠慮が生まれ、結果として、制度の取得者が限られることにもなりかねない。
 JA南アルプス市では、休職者が出た場合は、まずは部署内で業務を分担してみて、それで間に合わない場合は他部署から応援の人員を配置する。業務が増えた職員に対して、人事考課の評価にもつながるように配慮されていることが特徴である。こうした平等性と透明性が、安心して制度を利用することに結び付いている。
 今年夏には、初めて育児休業を取得する男性職員が現れた。男性の育休取得者が実現したのは、上司をはじめとした職場の仲間の理解があったこともさることながら、制度の使いやすさと安心感が功を奏したからではないだろうか。
 このように、JA南アルプス市では、育児と介護という女性にとってのターニングポイントを物理的に手厚くフォローすることで、女性がキャリアを諦めることなく、活躍し続けることができる状況をつくり出している。女性の働きやすさはそのまま男性の働きやすさにも直結している。それは、男性職員の育児休業取得という成果にも表れている。

「山梨えるみん」に認定!

 山梨県では、女性活躍社会の実現に向けて、職場環境の整備に積極的に取り組む企業などを、県独自で認定する「山梨えるみん」を設けている。
 これは、国の制度である「えるぼし」(女性の活躍推進に関する状況が優秀な事業主を認定する)や、「くるみん」(仕事と子育ての両立のための行動計画を策定・実施するなどの企業を認定する)認定の足掛かりとなるよう、2019年度に新設されたものである。
 認定には、❶女性が継続して働けている、❷男性の育児休暇に関する独自の取り組みを行っている、❸適切な労働時間である、❹管理職に占める女性の割合が一定程度いる、❺女性がキャリアアップしやすい多様なコースを設けている、の5項目のうち、3項目をクリアすることが必須である。
 JA南アルプス市は、2021年12月に、❷を除く4項目をクリアし、県内JAで初めて認定を受けることができた(その後JAふえふきも認定された)。「山梨えるみん」は3年ごとに更新されるため、2024年12月には、❷も含めた全項目クリアの認定となる予定だ。
 認定による県からの補助金などはないが、山梨県HPの特設ページに「山梨えるみん」認定事業者として紹介され、取り組み内容などを県が積極的にPRしてくれる。
 また「山梨えるみん」認定マークを名刺などに印刷し、女性活躍に前向きに取り組む事業主であることをアピールすることもできる。実際に、JA南アルプス市の職員の皆さんの名刺には、「山梨えるみんマーク」が付されている。
 こうした媒体を目にした若い学生がJAを就職先に選択する動きも出ている。実際に、「山梨えるみん」に認定されてから、優秀な女性の応募が増加したそうである。

女性職員の元気が地域の女性を後押し

 JA南アルプス市の女性職員たちの活躍は、地域の女性たちにも派生している。2022年4月、JA女性部の事務局を担当する、営農経済部五味次長(前出)の働きかけで、山梨県で初のフレミズ組織※が誕生した。
 営農経済部の生活指導課で開催している「果樹女性講座」には、毎年大勢の若い女性たちが集まる。五味次長は、受講生たちと徐々に親しくなる中で「JAに興味あることある?」「何か困っていることない?」と話しかけるうちに相談を受けることが多くなったという。「今の若い世代はSNS等でつながっているのかと思っていたら、ある若い女性が『農業って孤独なんですよね』と言ったんです。その言葉に背中を押されました。頑張っている彼女たちをJAとして何か応援したいと思い『一緒に仲間を集めて活動してみない?』と誘ってフレミズの立ち上げとなりました」(五味次長)

※フレミズ組織について詳しくはこちらを
 フレッシュミズ (ja-group.jp)

フレミズグループの設立式

 メンバーには、移住者で農業を始めた女性、Uターンで農業をやりながらフリーアナウンサーをしている女性や、非農家で市議会議員の女性など、やる気に満ちあふれた女性たちが集う。全国のJA女性部やフレミズの中には、活動が事務局任せになっている例も見られる中、JA南アルプス市のフレミズは自主性が驚くほど高い。「立ち上げ当初、最初に彼女たちが掲げた目標が、なんと50項目もありました。絶対に無理ではないかと思う項目もありました。でも彼女たちは、『最初から無理と言わないでほしい、やれるだけはやってみたい』と言うんです。彼女たちの気持ちを尊重しながら『JAとしてできること、できないこと』を伝えつつ、慎重に進めています」(五味次長)
 JA南アルプス市のフレミズは、自分たちが楽しむだけでなく、「地産地消」「食農教育」「耕作放棄地の問題」「直売所の売り場提案」「農産物販路拡大と食品ロス削減の取り組み」「農業を次世代につなぎ地域の活性化」「地域貢献」など、大きな目標を持ちながら、小学校での食農教育や特産品のモモの加工品づくりなどの活動を彩り豊かに展開している。立ち上げ時から1年の活動数は20を超え、メンバー数も7人から14人にまで増加した。こうしたことが実現したのは、五味次長をはじめとした、JA南アルプス市の女性職員たちの生き生きとした活躍が、直接・間接的に地域の女性たちのやる気を後押ししたからではないだろうか。
 JAの女性職員、そして地域の女性たち。彼女たちが、この地域で生産されるみずみずしい果物のように、芳醇ほうじゅんな香りを放ちながら、さらなる活躍を続けてくれることを願う。

地元の小学生を対象に分かりやすい食農教育も展開する、アグレッシブなフレミズグループ

小川理恵 おがわ・りえ

1997年にJCAの前身である社団法人地域社会計画センターに入会。総務課長、企画調整室長を経て研究職に職種転換、現在に至る。研究分野は地域づくりと女性活動。著書に『魅力ある地域を興す女性たち』(農文協、2014年)、『JA女性組織の未来 躍動へのグランドデザイン』(共著、家の光協会、2021年)他。

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