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業務が多忙な中で、なぜやれるのか

 これからの未来を担う子どもたちの幸せを願ったお守り作りは、地域に根ざしたJAとして大事にしたい取り組みです。しかし、多くのJAと同様に、多忙な業務の合間にこのように手間がかかることができるのは、なぜでしょうか。
 チームワークの鍵はリーダーにありますので、その点について統括リーダーを担当した坂内さんに聞いてみると、その理由について話してくれました。

(1)正直なリーダーは強い

「私は、皆さんに助けられました。私は、自分一人で動いてしまうタイプなんです。人にお願いしたり、割り振ったりするのがちょっと苦手です。だからなのか、逆に、周りから手を出したくなるのかもしれません。『声をかけて』とか、『一人でやらないで、手伝いますよ』と、よく言われます」
 坂内さんはご自身をこう分析します。「人に負担とかプレッシャーを与えるようなことは嫌なんです。人って『合わせ鏡』だと思うんです。他者から見た自分と自分から見た他者って結局同じで、他の人を見て『嫌だな』と思ったら、それは自分にもそういう部分があるのではないか、と思うんです」
 自分から「苦手」と正直に言えるリーダーは強いものです。

(2)数値目標(KPI)の先の目的を共有し続ける

 各工程の作業を分解していけば、お守り作りも数値目標(KPI)の集合体といえます。
「スケジュールが遅れたことはありません。受験の前には生徒にお渡ししなければなりませんから。また、お守りを作るのは受験生の幸せを願ってのことなので、その点は、皆さんちゃんと共有しています。折り方が少々雑になってしまう人もいますが、数がそろえばよいというものではないことは分かっていますから。そういう人も周りに『これで良いのかな』と確認していました」と坂内さんは語ります。
「手段の目的化」は、どの組織でも発生することです。目的を実現するためのやり方の選択肢の一つだったはずの「手段」が、いつの間にか目的にすり替わり、本来の目的を見失ってしまった事例は事欠きません。
 だからこそ、常に自ら立ち止まり、振り返ることが大切なのかもしれません。

(3)多様なフィードバックがある

「また、歴代の統括リーダーがいろいろと気にかけてくれます。『そろそろ取りかからないと、大変なんじゃないか』とか。実は、今年作ったものはキットカットの裏側にメッセージを手書きするのを忘れてしまいました。そのことを作っている最中に、前任者から指摘されました。でも、すでに作業はほとんど終盤になっていたので、この経験は来年の統括リーダーに引き継ぎます。歴代のリーダーだけでなく、いろいろな人から気付きをいただきました」と坂内さん。
 フィードバックとは、チームの状況や行動、成果について、耳の痛いことを含めて自分が何を感じているか、相互に伝え合うことです。リーダーからメンバーへのフィードバックがあっても、メンバー間やメンバーからリーダーへのフィードバックは難しいものです。私たちには「空気を読む」という忖度そんたくが働きがちですから。
 このお守り作りでは、歴代の統括リーダーが現役の統括リーダーにフィードバックする口火を切る役目を担っており、メンバーからのフィードバックにつなげることで、リーダーが孤立し、独走し、自滅することを防いでいます。それがリーダーの「気付き」につながっている、といえます。

(4)みんなで経験を共有できるリアルな場

 1月の説明会は高田支店の2階の会議室で行われました。この取り組みへの参加は任意なので、各自の業務が終わった後、三々五々説明会に合流する形をとります。
 田尻支店長によれば「説明会といっても、いきなり40人が集まって説明を聞いて流れ作業、という形はとれません。最初は、作業机をいくつか用意しただけで、本当に少人数で折り紙を真剣に折っていました。ちょっと話し声が聞こえてきたな、と思って、パッと周りを見たら、いつの間にかいろんな人が参加していました」。

和気あいあいだが、いつの間にか真剣に取り組んでいる

「本当になごやかな感じで、ガヤガヤってなって、気が付いたらあちこちで、和気あいあいに、しゃべりながら、みんなの笑い声が聞こえてきて、『あんたが作ったのはいいねえ』とか、『合格するといいね』『これ中学生、喜ぶかな』とか、いろいろなやりとりが聞こえてきました」
 リーダーは、メンバーの役割分担を一度決めると決めたことで安堵あんどしがちです。役割分担をしてメンバーが個別作業に入ることは効率的である反面、メンバー同士が没交渉になってしまうと、他の人が何をやっているのかが分からなくなり、さらに全体が見えなくなる危険性もあります。
 このお守り作りには、紐づくりという専門的な工程がありながらも、「みんなでやっている」ということを体感しながら相互にフィードバックできるリアルな場がありました。

(5)リーダーのサポート役を確保

 説明会には美里営農経済センターからはほぼ全員が参加しました。
「高田支店内には私から朝礼で『本日、説明会があるので』と言いましたが、美里営農経済センターについてはセンター長に『今日、こういう作業がありますので、ご協力のほどをよろしく』と言った程度です。センター長が朝礼などでうまく理解を求めてくれたのでしょう」と田尻支店長は話します。
 支店長は、職場内への協力依頼とともに、学校との渉外窓口の役割も担当しており、リーダーのサポート役に徹しています。

(6)次のリーダーを育成する長期的な目線を持つ

 統括リーダーの任期は、坂内さんが統括リーダーになってから2年と定めました。それまでは統括リーダーの期間はまちまちでした。
 坂内さんは、12年前の当初からこのお守り作りに参加していました。そして参加を重ねるうちに難しい二重叶結びを会得し、統括リーダーを支える各グループのリーダーの経験も積まれました。それでも、「正直、統括リーダーは大変そうだな。結局、ボランティアですから」と思っていたそうです。
 では、なぜ、坂内さんは相当の責任と負荷が増える統括リーダーを引き受けたのでしょうか。
「現場が大変になっているので、現状とのすり合わせはしなきゃならない、と思いました。もうちょっとみんなが楽になれることもあるんじゃないかなって。壁新聞を月1回から年4回に変えたのもその考えの一環です」
 坂内さんは令和5年3月から永井野支店の支店長に就任したので、次の統括リーダーにバトンを渡さなければなりません。この取り組みは人材育成を兼ねており、次の統括リーダー候補者の目星はついている、と話します。
 坂内さんは続けます。「気軽に、横の人や上下の人に声をかけることができる人に次のリーダーをやってほしいと思います。人に指示をするだけでいいということではなく、お願いしてやってもらう立場のリーダーですから」
 お守り作りのような多くの人たちの思いを集めて成立する活動だからこそ、リーダー候補者は長い目線で選ばれるべきですし、かつ多様な成長のチャンスを確保することが大事です。

(7)自らを省み、むだを省く姿勢

 また、坂内さんの「もうちょっとみんなが楽になれることもあるんじゃないか」という考え方にも着目したいところです。
 安岡正篤著『佐藤一斎「重職心得箇条」を読む』は、重職つまりリーダーの心得を合計17条にまとめています。佐藤一斎は、幕末に活躍した佐久間象山の師匠です。本の中で、第14条「手数を省く事肝要なり」について、安岡正篤氏は「論語には『吾日に三度吾身を省みる』とある。反省し、かえりみることでむだなことをはぶいていく。とかく役人というものはごたごたと仕事を複雑にする」と述べています。新しいことを1つ増やすのなら旧来のうちの少なくとも1つはやめるべき。小役人ほど業務を複雑化させ手間ばかりを増やし、省くことができないという指摘は現代に通じる戒めです。

高田中学校へのお守り贈呈 写真提供:JA会津よつば

おわりに

 ご祈祷を受けた手作りの合格祈願のお守りを中学校に贈ったことは、地元紙である『福島民報』や『福島民友』、また『日本農業新聞』で報道されました。それを聞きつけられたのでしょうか、会津美里町以外からわざわざ高田支店に来訪され、お守りを求められた方も多かった、と聞きました。
 また、JCAが実施した「協同組合に関する意識調査」によると、「子どもの頃の協同組合とのつながり」と「大人になって協同組合に共感を持ち、事業利用すること」には有意な相関関係があることが分かっています。
 お守りを通じてJA会津よつばの皆さんが伝えたいのは、30年、50年先の未来を担う中学生へのエールです。
 そういう長い時間をかけた地域とのつながりがあるから、JAは地域に支えられて存在してきました。そして、手作りのお守りには、子どもたちが主役となる次の時代が幸せであってほしい、という作り手みんなの願いが込められています。
 そういう共通の願いが意識され続けているからこそ、チームワークが成り立つのでしょう。

藤井晶啓 ふじい・あきひろ

広島県生まれ。1989年に全国農業協同組合中央会に入会。畜産園芸対策課長、第26回JA全国大会準備室長、教育部長等を経て、2019年より日本協同組合連携機構(JCA)勤務。現在、常務理事。主な著書に『JAの将来ビジョン-JA経営マスターコース修了生はこう考える』共編著・全国共同出版(2019)、『協同組合を学ぶ100の言葉』共同執筆・日本農業新聞(2020)、『まんがでわかるJA総代会資料の読み方』解説執筆・家の光協会(2023)。

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