文字サイズ

3. 生産者の高齢化が進む中で、どのように非農家に関わってもらうか

 近年、「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」の生産は、農家の高齢化・離農が進む中で、何とか面積を維持している状態だ。今は生産者が離農しても、その水田は他の農家が耕作しているが、認証米の生産者が離農した場合、その後も認証米を作り続けることになるかというとそうでもない。小規模な農家から水田を預けられた大規模農家は、細かい管理まで手が回りにくいのが現状だ。例えば、認証要件の一つである「『江』の設置」であればあぜ草刈りを二重にやらなければならないし、「ふゆみずたんぼ」は田んぼが柔らかくなって機械の導入が不自由になるといった面もある。

図:「朱鷺と暮らす郷づくり認証」による生産面積と生産者数の推移

 また、佐渡の観光地としても有名な棚田の維持も課題である。佐渡市では、条件の悪い山沿いの水田はビオトープに転換し、耕作放棄地にしないための助成を行っている。棚田の管理にしても、農業の担い手のみならず、地元の集落の住人などが減り、集落単位で守られてきた農作業や行事の維持が難しくなってきている。このことが認証米の要件を満たさなくなることにつながっている。農業者以外がもっと農業に関わることが必要だと、コミュニティーを再生し、集落の人や増えてきている移住者に農業に関わってもらうための取り組みも進められている。例えば、集落の若者に農道の草刈りや集落の中で作業に参加してもらったり、非農家も含めての勉強会を開催したり、子供による田んぼの生き物調査を行ったりしている。
 JA佐渡では以前からコープデリ生協との取引もあり、コープデリにいがた・コープデリ連合会・佐渡市・JA佐渡など7団体が連携し、佐渡の産直米を1㎏買うごとに1円を「佐渡市トキ環境整備基金」に寄付する「佐渡トキ応援お米プロジェクト」という取り組みも2010年から行われている。生協組合員が田植えや稲刈りを体験する産地交流会なども盛んに行われている。
 JA佐渡の環境保全型農業への取り組みは、トキの保全活動とセットで流通・消費の観点では広く認知されるようになった。佐渡の環境や農業へのイメージは、数値には表れないが、例えば、観光客の誘致にも少なからずトキの餌場づくりが関わっているだろうし、移住者の増加の背景にもなっているだろう。2011年6月には、トキの保全と農業との連携の取り組みなどが評価されて、FAO(国連食糧農業機関)により世界的に重要で後世に引き継がれるべき農業システムとして「トキと共生する佐渡の里山」が世界農業遺産(GIAHS)に認定された。GIAHSのコメを欲しいと佐渡へやって来る観光客も多い。
 一方、現在、認証米として生産されたコメのうち実際に認証米として取引されるのは4〜6割である。JA佐渡としては、認証米の販売を伸ばしていき、米穀店を中心に新規の販売先を増やそうと営業活動を行っている。トキと結びついた認証米については広く知られており、その物語性は評価されているが、それを実際にどのように消費に結びつけるか、また需要に見合った生産量を確保するか。そのためにも、生産と消費の双方で佐渡のコメを支援する関係人口の拡大は欠かせないと考えている。

消費者との交流イベント

4. 「JA佐渡の環境保全型農業の今後に向けて

 他のJAからは、「佐渡はトキがいるから、そのような取り組みができてうらやましい」との声も聞くそうで、確かにそのアドバンテージはある。環境保全型農業の取り組みがトキの放鳥との関わりの中でここまで一気に進んできたのは事実だ。
 政府は2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を公表し、環境保全型農業は今、追い風を受けている。佐渡では、市長が環境保全型農業について全国のトップランナーとして牽引けんいんしていこうと意欲的であり、JA佐渡もさらに環境保全に向けた取り組みを進めることは当然だと考えているが、一方でそのことは言うほど簡単ではないとも感じている。今、全国各地で環境にやさしい農業に向けた取り組みが進む中、先進地である佐渡はこれまでより一段と高いレベルの取り組みを展開していかなければならない。農薬と化学肥料の5割減減の定着、「生きものを育む農法」の導入に加えて、さらに新しい取り組みを加えていく必要がある。将来を見据えて、佐渡という産地のレベルをさらに高いところにどのように引き上げていくか、JAはさまざまな手を打っている。
 その一つとして、JA佐渡は農薬・肥料を使わずに稲本来の生命力だけで栽培する自然栽培農法を、佐渡米を支える柱の一つと位置付け、生産を増やそうとしている。2017年にはJA佐渡の呼びかけで「JA佐渡自然栽培研究会」が発足した。現在、会員は約50人と増えてきている。JAは研究会の事務局を担うにあたり、職員を自然栽培の研修事業で有名な石川県のJAはくいに研修に行かせたりしている。
 また、新たな生産者を増やそうと、3年前から就農希望者の研修事業に取り組んでいる。JA佐渡の研修事業は、就農希望者を3年間JAの職員として雇用し、その間農家や農業法人での研修を経て、3年後の就農を目指すというものだ。
 2008年に放鳥が開始されて以来、野生下のトキの数は2022年に初めて500羽を超えた。JA佐渡の環境保全型農業への取り組みがこれを支え、そのことが佐渡のコメのブランド化につながってきた。今後、トキを筆頭とする生物多様性保全とタイアップした農業が佐渡でどのように展開されるのか、大きな期待を抱かせるJA佐渡の取り組みである。

和泉真理 いずみ・まり

1960年、東京都生まれ。東北大学農学部卒業。英国オックスフォード大学修士課程修了。農林水産省勤務を経て現職。
主な著書に『英国の農業環境政策』(富民協会、1989年)、『農業の新人革命』(農山漁村文化協会、2012年)、『ブレクジットと英国農政――農業の多面的機能への支援』(筑波書房、2019年)。

1 2
記事一覧ページへ戻る