文字サイズ

3. 支店を中心とする相談・提案活動の強化

 組合員の声を聴いてその期待に応えるJAづくりのため、同JAでは人材育成や組織風土の醸成にも力を入れている。2021年度には、職員の行動指針である「フレームワーク」を策定し、「私たちは、組合員の期待に応えるために、支店が中心となり、総合的なサービスをもって、組合員の財産活用とくらしのお手伝いをします」という職員像を掲げ、実践を進めている。
「このフレームワークの根っこには、相談活動を通じて個々の組合員の状況や困りごとを把握し、総合事業を生かしてその期待に応えられる提案を積極的に行っていく、という考え方があります」(支援部・長江聡部長)
 そうした実践の中心に位置付けられているのが、管内に53ある支店とふれあいプラザである。したがって、各支店の職員へのフレームワークの浸透が何よりも重要であり、そのためにはまず支店長にこのフレームワークを十分に理解してもらわなければならない。
 そこで、同JAでは2021年度から新たに「支援部」を設置し、部長職経験者4人を配置して各支店長の支援に取り組んでいる。初めに、支店長を対象とする「フレームワークを正しく理解する研修会」を実施し、支店長の理解を促した。その上で、支店長が支店職員に対しフレームワークの説明を行った。加えて、経営トップが発信・説明することが絶対的に必要であるとの岩佐哲司組合長の思いから、組合長自ら出演してフレームワーク等を熱く分かりやすく解説するYouTube動画「MASTER 哲司チャンネル」も作成し配信している。
 また、支援部の4人はそれぞれ担当する支店を日常的に巡回し、支店長への支援に当たっている。支援に際しては、各支店の環境や取り組み状況などを整理した支店カルテを作成し活用している。
 フレームワークを実践に移すため、各支店では定期的に「提案ミーティング」を実施し、組合員が何を求め、それに対しJAの総合事業を通じてどのような提案ができるかについて、渉外や窓口の職員と支店長とでディスカッションを重ねている。
「支店長はその支店における事業の目標数値達成の責任者ですので、これまで“いかに数値を達成するか”に頭を使ってきたと思います。それが、フレームワークにおいては“組合員の期待に応える提案をするにはどうすれば良いか”が最も重要となり、事業実績はその結果として自然とついてくるもの、という発想になります。この発想の転換と、それぞれの支店の状況に合った取り組みの具体化を支店長にお願いしバックアップしていますが、容易なことではなくまだまだ道半ばという状況です」(支援部・戸崎敬部長)

「支援部」のメンバー。左から小林秀行部長、戸崎敬部長、長江聡部長、高橋雅博部長

4. 提案ミーティングと知識習得で「最高の提案」を追求

 支店における具体的な取り組みについて、蘇原支店(各務原市)の実践から見てみよう。
 蘇原支店の神山こうやま浩二支店長は、フレームワーク策定を受けて組合員の期待に応えられる提案を目指すに当たり、いきなり前述の提案ミーティングを行っても効果は薄いのではないか、との仮説を持っていた。従来とは考え方が大きく異なる取り組みであることもあり、支店長から提案ミーティングの意義を一方的に説明するのでは、一人一人の職員に実感を持って理解してもらうことは難しいと考えたためである。
 そこで、神山支店長はまず、それまでも実施していた定期的なミーティングにおいて、ミーティングのやり方を変えてみることから着手した。具体的には、ミーティングの進行役を支店長代理と渉外リーダーに任せ、全員が対等な立場で発言を行う(発言を受け止め合う)ことなどを約束事とした。支店長がミーティングに参加するときには、同じく他の職員と対等な立場で参加するよう心がけた。
 職員がこのやり方に慣れてくると、次は商品等に関する具体的なテーマを設定し、同様のやり方でディスカッションを行った。テーマは「組合員や地域住民のJAに対するイメージはどんなもの?」「JAに対し何を期待している?」「JAが相続税シミュレーションを行っていることを認知してもらえているか」などとした。ミーティングを繰り返すうちに、「年金のチラシが分かりづらいと思う」「じゃあ、自分たちで作ってみるのはどう?」と、職員自ら具体的な行動を起こしてくれる場面も出てきた。
 そうして、ようやく本題である、組合員の期待に応えられる提案(同支店では「最高の提案」と呼ばれる)をするためには何が必要かについて、ディスカッションを行う段階を迎えた。ディスカッションの中では「FP、宅建、配偶者控除など、幅広い知識が必要」という意見も出された。ずっと共済を担当してきた職員は、発言の順番が回ってきてもアイデアが浮かばず、苦渋のパスを重ねたが、後日、支店長に「私はこれまで視野が狭かったということに気付くことができました」と前向きに話してくれたという。この段階にきてようやく支店長が「これが提案ミーティング。これを定期的に行っていくことが必要じゃない?」と伝えるに至った。

蘇原支店の神山浩二支店長

「ここまで1年以上かかりましたが、そのかいあって一人一人の職員が提案ミーティングの意義について実感を伴って納得してくれました。本当に必要だと感じるからこそ、主体的に参加するし、そこでの学びが具体的な行動につながっているのだと感じています」(神山浩二支店長)
 同支店では、幅広い知識習得の必要性が理解されたことでFPや宅建士などの学習・資格取得も進んでいる。また、同支店で年に数回開催している、相続などに関する組合員・地域住民向けのセミナーでは、毎回、同支店職員が講師に立候補し、資料作成なども自ら行っているという。農にかかるニーズにも応えるため、営農センターの協力を得て農業体験等にも取り組んでいる。

組合員・地域住民向けのセミナー

 暮らしの相談受付簿については、毎週水曜日の朝礼の際に、朝礼当番の職員が、他の職員が提出した受付簿の中で特に気になったものを紹介することで、内容を改めて共有するようにしている。
 筆者が取材に伺った日にたまたま回覧されていた蘇原支店の受付簿の一つでは、“JAのATMのキャッシュカードを紛失しそうで不安、入れ物を作ってくれないか”という組合員の声を受け、本店事業部で作成して間もなく配布できる予定、とされていた。一般の金融機関であれば、声が寄せられたとしてもこうした対応は難しいのではないだろうか。
 神山支店長によれば、組合員の声を聴き、その期待に応えられる対応や提案を少しずつ重ねてきたことで、組合員や利用者に喜んでいただけるケースも増え、その結果として、事業実績も自然とついてきているという。実際に蘇原支店は取材時点における今年度の事業実績が53支店の中で第1位となっている。
 組合員の声を聴き、総合事業を生かしてその期待に応えていくためには、現場職員に幅広い知識とそれを習得し生かしていくための主体性が欠かせない。それを促進するための仕掛けとして、同JAではフレームワークの策定や暮らしの相談受付簿の作成・回覧、支店における試行錯誤と支援部によるバックアップといった実践が重ねられていた。協同組合の強みの一つは声を聴くことのできる組合員の存在であり、その声に耳を傾けて期待に応えていけるかどうかのかなりの部分は一人一人の職員にかかっていると考えられる。
 であれば、同JAの取り組みがまさにそうであるように、組合員の声を聴いたり、その期待に応える対応を行ったりした現場職員・本店職員にしっかりと光を当て、行動変容を促していくことが、遠回りに思えて最短経路なのではないだろうか。

岩崎真之介 いわさき・しんのすけ

1987年長崎県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程後期単位取得、博士(農学)。
2017年4月より一般社団法人JC総研(現・JCA)副主任研究員。著書に『顧客を直視する農協共販 農業者と実需者との相互作用』(2023年)など。。

1 2
記事一覧ページへ戻る