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担い手支援課による支援からJA全体での支援へ

 表1は、担い手支援課の訪問状況を示したものである。当初はTACの存在を知ってもらうため、そして担い手が抱えている課題を把握するために、訪問すること自体に力を入れていた。しかし次第にTACの認知度は高まり、困りごとについては声をかけられることが増えてきた。そのため、現在も認定農業者(市町村が示す目標に向けた農業経営の計画を市町村から認定された農家)・農業法人・新規就農者については必ず訪問するようにしているが、それ以外は実際に課題を抱えている担い手に対して重点的に訪問するようにしている。表において、2021年度以降の訪問先数や訪問回数が減っているのはそのためである。

表1:担い手支援課による訪問状況
 出典:同JAの資料に基づき作成。

 さて、担い手から寄せられる課題についてであるが、その中身は肥料・農薬など農業資材に関すること、病害虫に関すること、青色申告に関すること、融資に関すること、さらには前述した鳥獣害に関することなどさまざまである。
 担い手支援課では、自分たちだけで解決できることは当然自分たちだけで解決している。一方、自分たちだけで解決できないことについては、それぞれの担当部署につないで解決に導いている。例えば、融資に関する相談ならば、支店の融資担当のところへ出向いて相談者とともに話を聞くようにする、病害虫の相談ならば、LINEで当該品目の担当営農指導員のところにつないで指示を仰ぐといった具合である。
 このように、担い手支援課による課題解決は他部署との連携の中で進められているものも少なくない。そこで、こうした状況をJA全体として共有するために、毎月1回「担い手支援合同会議」が開かれている。同会議の出席者は、常勤役員(組合長・専務・常務)と関連部署の所属長である。この会議においては、担い手支援課による毎月の取り組み状況が報告され、JA全体としての情報共有が図られている。
 また、担い手から寄せられる相談のうち、既存の部署では対応できないこと、新規品目の導入のような地域農業の方向性に関わること、個別の担い手だけではなく地域全体に関わることなどは、同会議の中で対応策が協議、決定されている。
 このように、担い手の課題解決に向けた支援は、JA全体の取り組みとして進められている。以下では、改めて具体的な支援の例として2つの取り組みを取り上げることとする。

今日的な担い手・地域支援の取り組み

新規就農者と貸し手をつなぐハウスマッチング

 第1には、空きハウスの有効活用による新規就農者支援である。前述したとおり、担い手支援課では新規就農者を支援対象としている。新規就農者はイチゴやトマトなどの施設園芸による就農希望者が多い。しかし周知のとおり、近年ハウス等の施設費の高騰は著しい。こうした中で確実な新規就農を実現するには、初期投資を抑えることが重要となる。そこで担い手支援課では、管内の空きハウスを新規就農者へつなぐマッチングを進めることとした。
 とはいえ、同課に空きハウスに関する情報が集積されているわけではなく、管内各地での「空いているハウスはありませんか」の声かけからスタートした。その中で、あるとき高齢のイチゴ農家を訪問する機会があり、「どれくらい継続できそうか」を尋ねた。どのような反応が返ってくるのか心配だったが、イチゴのハウスを探している新規就農者がいることを伝えると、「若い仲間が増えるならハウスを貸してもよい」との返事が返ってきた。
 こうして1件のマッチングに成功すると、このことは地域の中で徐々に広がり、空きハウスの情報が次第に担い手支援課に集まるようになっていった。最終的な貸借条件は当事者同士で決めているが、JAが仲介に入ることによって、より円滑かつ迅速な貸借が図られている。そして貸す側・借りる側のどちらからも大きな感謝が寄せられている。

 皆で協力して行うセンチピードグラスの吹き付け

 第2には、センチピードグラスの吹き付けによる除草作業軽減である。管内の中山間地域においては、傾斜の激しい場所にも水田や畑が整備されている。こうした田畑は、法面のりめんの面積が大きいとともに斜度が大きく、そこでの除草作業は農家にとって大きな負担となる。実際に管内・小塩地区の集落営農組織の役員から、この問題について担い手支援課に相談が寄せられた。これを受け、同課では集落営農組織のメンバーと協議を重ね、カバープランツとしてセンチピードグラスを吹き付けることに対策を絞った。
 担い手支援課が調べたところ、同吹き付け技術は四国の業者が特許を持っている。そこで同業者を呼び、小塩地区の人々を集めた説明会を開き、地域内の合意形成を図った。その後も担い手支援課では同地区に繰り返し足を運び、地元の人々とともに法面の除草作業、センチピードグラスの吹き付け作業、同グラスの生育状況調査などに汗を流した。
 2020年度にスタートした小塩地区でのこの取り組みは現在も続いており、センチピードグラスを吹き付けた法面面積はトータル1万5,609㎡に及んでいる。すでに除草作業の軽減を図る上で高い効果があることが確認されており、今後この取り組みは管内の他地区にも広がるものと考えられている。

協同組合の原点を体現する担い手支援課

  以上、本稿ではJAにじの担い手支援課による取り組みを見てきた。同課は担い手のもとに出向き、それぞれの課題解決に向けた支援を行っている。ただしそれにとどまらず、本稿で取り上げた3つの取り組み(有害鳥獣対策、空きハウスの有効活用、センチピードグラスの吹き付け)に象徴されるように、地域の多くの人にとっての課題、地域全体の課題解決に向けた支援にも精力的に取り組んでいる。
 特に注目したいのは、そこでの具体的な課題解決の方法が、JA側から一方的に解決のためのモノや知識を提供するのではなく、地域の人々の協力関係をつくり出し、それを通じて課題解決を図ろうとしていることである。
 JAは協同組合である。協同組合は、一人では解決できないことを人々の協力によって解決するための組織である。JAにじの担い手支援課の取り組みは、協同組合の原点を体現するものといえるだろう。

西井賢悟 にしい・けんご

1978年東京都生まれ。岡山大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。一般社団法人長野県農協地域開発機構研究員を経て、2016年4月より一般社団法人JC総研(現JCA)主任研究員。著書に『信頼型マネジメントによる農協生産部会の革新』(単著)、『事例から学ぶ 組合員と進めるJA自己改革』(編著)。

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