4. 就農して9年目となるA氏の就農の経緯と展望
ココバッグ栽培を平成27年に導入した3人の新規就農者の1人であるA氏のハウスを訪れた。A氏は35歳、神奈川県出身で就農して9年目となる。元々サラリーマンをしており、転職先を検討中のときに名古屋で開催されていた就農フェアに参加し、そこで新城市が提示していた新規就農者の経営実績データを見てこの地での就農を決めた。20年ほど前に新規就農したトマト生産者のもとで1年間研修を行った後、あっせんされた水田にトマト生産のハウスを建て、現在は19aのハウスでトマトを栽培している。労働力は本人の他に収穫時に週4日パート雇用を入れている。
A氏は同じ年に就農した3人の新規就農者で話し合い、水田に建ったトマトハウスの湿害対策として、メーカーのデータを参考に就農初年度からココバッグ栽培を導入した。資材費の上乗せ分借金額が増えるので、JAは当初導入に後ろ向きであったが、部会の平均単収が10t程度のときにいきなり単収18tを達成し、生産されたトマトの外見も良かったので、その後ココバッグ栽培は地域内で急速に拡大した。A氏はココバッグ栽培について、水田で新規に農業を始めてもできる点がメリットだが、資材費が高い点がデメリットであると語った。特に昨今の農業資材費高騰の中で、ココバッグ資材価格も大幅に上がっており、生産費を押し上げているそうだ。
A氏は全部の仕事を1人でやりたいタイプであり、その点で「黙々と作業を行う農業は自分にはまった」そうだ。夏の間はハウスに泊まり込んで、トマトの木の状態を観察している。毎年栽培環境が変わる中で栽培技術はなかなか理想には届かないと言いつつ、トマトの木を日頃からよく見ていれば、就農して3年程度できちんと作れるようになると言う。

A氏は研修生の受け入れ農家にもなっており、これまで4人の研修生を受け入れ、そのうち3人が同じ地域内で就農している。研修生を受け入れることについて、メリットとデメリットは半々くらいだと言う。研修生に一から技術を教える中で、研修生の失敗のせいで自分の経営にダメージを与える場合もあるが、研修期間の後半は研修生の技術力も上がり、作業を手伝ってもらえる。ただし研修生をあてにしすぎると、パート雇用の人が定着しないという側面もある。以上の点から、研修生の受け入れ農家になるのは難しい面もあるが、産地として外から人を入れないと生産者が減る以上、やらざるを得ないと考えている。
A氏は就農当初は、トマトの経営を拡大し、法人化することを考えていたが、雇用の確保の難しさや、トマト価格の上下、栽培面積を拡大すると調製作業が大変になることから、現在は他の作物を導入し年間を通して収入を得る経営に転換することを考えている。昨年で借入金が返済し終わったことを機に、アスパラガスの生産を始めたところであり、将来はトマトとアスパラガスを半々で作ることを考えている。トマトは夏場に作業が集中し、自らの年齢が上がるとともに体力的にきつくなることが想定されるので、労働負荷が過重にならない安定した経営を目指そうとしていた。
5. JAによる新規就農支援の実際
JA愛知東の新規就農支援においては、関係機関の連携と役割分担がしっかりとなされている。平成18年に設立された「新城設楽地域担い手育成総合支援協議会」の構成メンバーであるJA、新城市、設楽町、東栄町、豊根村、(公財)農林業公社しんしろ(以下「公社」)、愛知県新城設楽農林水産事務所が、以下の表のように役割分担を行っている。
1 農用地の貸借相談・購入等の相談・あっせん | 市農業課、農業委員会、公社 |
2 居住地の相談・あっせん | 市農業課、JA、公社 |
3 農作物栽培技術指導支援 | JA、県普及課、公社 |
4 農業制度資金の相談・指導支援 | JA、県普及課 |
5 農業用資材の相談・あっせん・リース等 | JA、公社 |
6 販売対策等の相談・指導 | JA、公社 |
7 各種農業関係補助事業の情報提供・相談 | 市農業課、県農政課 |
8 研修受け入れ | JA、公社 |
実際の新規就農支援では、募集・相談の際には経営費や生活費まで含めた経営開始時の収支イメージの数値を公表し、応募者の中から本気で農業をやってくれる人を厳選しようとしている。就農の問い合わせに対しては、まず相談カードを作成し、相談会、面談会などを通じて就農希望者に現場を見てもらうと同時に、本当に農業に対してやる気があるかどうか、さらには経営者としての姿勢を、人格面、財政面などの多数の項目を持つチェックリストに従って評価し選抜している。
就農希望者は、受け入れ農家のもとで働きながら1~2年間の研修を行う。受け入れ農家になるのは、生産部会の役員もしくは先進的農家であり、生産部会で探す。ココバッグ栽培を希望する就農希望者が増えてきたので、近年は、A氏のように農外からの就農者も受け入れ農家となっている。当初は研修生の受け入れに慣れず、受け入れ農家が研修生を作業員のように扱うケースもあったが、それをJAなどが間に入り改善してきている。
就農に必要な農地やハウス、設備、住居などは、新城設楽地域担い手育成総合支援協議会の構成メンバーが探し、必要な補助事業を確保している。
山間部の方での就農においては、協議会メンバーのみならず地域の区長が仏壇を他へ移した後の住居を確保してくれるなど協力してくれたそうだ。地域の協力なくして新規就農はできないとのことだった。
就農開始に必要な資金については、JAの金融部門と連携し、補助事業も組み合わせ、さらに行政も給付金事業などを協力的に推進して確保する。新規就農者は就農時に3,000万〜4,000万円の負債を抱え、ハウスの場合毎年200万~300万円を14年かけて返済しながら経営をすることになる。その間JAは営農指導部門が生産状況などをデータ化してサポートし、例えば産地として販売額が伸びているのに伸びていない就農者には、理由を見つけ改善を指導する。JAの担当者は「われわれにも借金をさせている責任がある」と言い、単に営農指導や担当者のみならず管理職クラスにも個人の成績を示して、その意識を持ってもらうようにしている。
最近は、トマトの新規就農者は初年から収益を上げることができている。栽培技術や品種が変わり、トマトで稼げるようになっている。一方、農外からの参入者の比率が増えるにつれての課題もある。農外からの就農者はサラリーマン経験もしており、経営者としても優秀であり、勉強熱心であり、JAや部会に対してそれに基づく発言をする。技術的なことについても、JAよりも早く自分で情報を入手してくる。このような新規就農者の中には、予測しないレベルで稼げるような人も出てきている。農業に対する熱量も技術力も高いこうした組合員が増える一方、それを「勝手なことばかりやっている」と言う組合員がいる。借金を背負って経営している新規参入者と、借金がなく「こうあるべきだ」から入るベテラン農家との立ち位置の違いに由来するものとも言える。地域や農業の将来について真剣に考えている新規就農者もいる中、この状況に対応するためにまずは生産部会との協調、消防団への参画、地域活動への参画を含めて、組合員教育を強化することが必要だというのがJAの担当者の考えである。
6. まとめと今後の展望
JA愛知東トマト部会は、中山間地域に散在する産地でありながら、部会と関係機関の連携による農外からの新規就農者の受け入れに取り組み、部会員数の維持と産地としての販売額の拡大を成功させている。
JAは、この新規就農支援の取り組みを主導してきており、部会の合併時には10年後の産地の将来についてデータを示すなど部会が新規就農支援に取り組むように後押しをした。また、管内の作目を販売額の増加が見込める「攻めの品目」とその他の「こだわりの品目」に分け、就農後の所得の確保が可能な前者について新規就農者を呼び込み、就農後もデータに基づくきめ細かいサポートを行うことで、新規就農者の定着を支援している。
農外からの新規就農者は、新しい栽培技術等の導入を牽引しており、新規就農者自身が受け入れ農家となりさらなる人材確保に貢献するなど、地域農業の将来を担うところまで育ってきている。中山間地域でもJAのサポート次第で新規就農者を呼び込み産地を維持・拡大していけることをJA愛知東の事例は示している。