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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

アメリカ酪農支援、過去最高額に

[December/vol.150]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 師走しわす、慌ただしく走り回るのは日本の農政関係者も例外ではない。甘味資源作物対策や畜産物価格、税制改正大綱、予算編成大綱など、重要事項が次々と決定されるタイミングであり、1年間の農政活動の集大成ともいえる月である。畜産物価格の一つである加工原料乳生産者補給金単価等は、厳しい酪農情勢が続く中で、今年もギリギリまで関係者間で調整が行われるものと考えられる。

 本号で紹介するのは、アメリカの主要な酪農家向けセーフティーネット対策である「酪農マージン保障(Dairy Margin Coverage、以下“DMC”)」プログラムの最近の動向についてである。名前の通り、DMCは酪農家のマージン(収益)に着目したセーフティーネット対策であり、2018年農業法において、以前の制度を改善する形で措置されている。

 本号執筆時点(10月下旬)の最新データは8月までの数字であるが、本年1月から8月までのDMCによる酪農家への支払総額は12億ドル(1,800億円¹)を超え、過去最高額に達している。アメリカ農務省によれば、生産履歴のあるアメリカの酪農家の約74%がDMCに加入しており、加入農家に対する本年8月までの平均総支払額は、1戸当たり7万2,424ドル(約1,100万円)となっている。

 詳細は割愛するが、DMCの基本的な仕組みは以下の通りである。

① 全国平均乳価と飼料費の差を「マージン」とする²

② 酪農家は「保障率(最大95%)」と「保障水準(最大9.50ドル/cwt³)」を選択し、保険料(掛け金)を支払う

③ DMCの発動の判断は月ごとに実施され、算定された「マージン」が選択した「保障水準」を下回った場合、その差額がDMCにより補塡ほてんされる⁴

 以下のグラフは、2021年1月から本年8月までの全国平均乳価と飼料費の推移および9.50ドル/cwtの保障水準を選択した場合のDMCによる補塡のイメージを示したものである。

乳価・飼料費の推移およびDMCによる補塡のイメージ(USDAの公表データより筆者作成)

 グラフの通り、2022年末頃までアメリカでも飼料費は上昇傾向にあったが、特に2022年は国内外の堅調な需要等を背景に乳価も大きく上昇し、DMCによる補塡は限定的であった(なお、2022年の乳価および乳製品輸出量は過去最高を記録)。
 2023年に入り、飼料費は高止まりする一方、供給量の増加や需要の減退を背景に乳価が大きく下落し、酪農家のマージンは急激に縮小していることが分かる。マージンが最も縮小した本年7月は、乳価と飼料費の差額はわずか3.52ドル/cwtである。しかし、この場合でもDMCに加入していれば一定の補塡を得ることができ、9.50ドル/cwtの保障水準を選択していた場合、補塡単価は5.98ドル/cwt(約19.78円/kg)となる。これはあくまで最大の保障水準を選択した場合の簡易的な試算であり、実態とは異なるが、それでもDMCが酪農経営を支える重要なセーフティーネットとして機能していることは間違いないだろう。

 余談であるが、先日お会いしたミシガン州の酪農協の担当者は、現在の20ドル/cwt程度(66円/kg程度)の乳価がほどほどの水準、“リッチにはなれないが経営を継続できる”水準だと話していた。適切な乳価と政策支援の両輪で酪農経営を支えつつ、酪農乳業界の発展につなげていくことが重要なのだろう。

1 本号での円換算は全て執筆時点の為替レートである150円/ドルを使用。

2  すなわち飼料費以外のコストはDMCの算定に影響しない。なお、アメリカの生乳生産コストに占める飼料費の割合は2022年の数値で約54%。

3 cwtは米国の質量の単位で100ポンドに等しい。 100ポンド=約45.36kg。

4 例えば、算定されたマージンが8.00ドル/cwtで、選択した保障水準が9.50ドル/cwtの場合、1.50ドル/cwtの補塡が行われる。

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